第68話:宣戦布告
浩一郎は目を細めると小さく呟いた。
「そうか、それじゃ俺は荒井っていう人物に感謝しなくちゃな」
どうやら自分が襲われた方の事件は目の前の男の仕業ではないようだ。
その誰かは自分がこの舞台から降りることを阻止してくれたらしい。
どのような考えがあるのかは解からないが、今の状態では助かったといえるだろう。
浩一郎はさらに情報を得るために柏原の言葉に耳を傾ける。
「ただあなたにもほんの少しだけ炎の血は流れているようだ・・・とれるかどうか、試してみる価値はあるかもしれませんねぇ」
あの時、感じた大きな異種の力と僅かな炎の力・・・炎の力がわずかでも入っていれば魂を珠にすることは可能なはずだ。
実際に一族以外のもので少しだけ炎の力を有する者の魂を取ったことだってある。その経験を生かせば、この肉体を傀儡にすることなど容易い。
たとえ異種の力が邪魔しそうになったところで目覚めきっていない力を押さえることは可能だ。
「そう簡単にいけばいいが、な」
浩一郎は香帆という重たい荷物を抱えながらも微塵も揺らぎもせず、薄ら笑いを浮かべている柏原を見据えた。その視線は高校生のものとは思えないほどの何かを含んでいた。
浩一郎の呟きに柏原は面白くなさそう聞いていた。
本当なら今すぐにでも魂を抜いてその肉体の中に別個の魂を入れて言うことを聞かせる方法を取りたいのだが、現在の松前家当主・松前良太郎が息子の異常に気付かないと思えない。
ならば、焔・真帆という絶好の餌で彼に言う事を聞かせるほうが得策のはずだ。
あくまでも強気に考えた柏原はその浩一郎の態度に鼻白みながら彼に通告した。
「あなたには我らの傀儡となっていただきます。今、ここで、焼き殺してもいいのですが・・・松前家の力は脅威であり、魅力的でもありますからね・・・それらを桧原家のものにするのに一役買っていただきますよ」
自分の考えを押し通した柏原を浩一郎は冷淡な視線で見下ろす。表情は先ほどからぴくりとも動かない。それが更に彼の怒りを象徴しているようだった。
「その要求、俺が飲むと思う?」
鼻先で笑いながら浩一郎は目の前の男に冷酷に問い掛けた。ただ立っているだけなのに底知れぬ威圧感が全身から発せられ、柏原達へと襲い掛かる。
「俺が、飲むと、思うのか?」
彼は再度同じ問いを繰り返した。相手を嘲るような笑みが浩一郎の顔を彩っていた。
支配者としての地位を確立している浩一郎に対して、命令を下そうとした愚者をとことん馬鹿にするような態度に憤りは覚えるのだが、恐怖の為に柏原は言葉を紡ぐことが出来なかった。
浩一郎はゆっくりと足を進めた。真帆と焔の横をすり抜けて、柏原の近く・・・・真正面の位置まで近づいていく。
柏原は彼の態度一つ一つに言い知れないほどの怯えを覚えた。初めて目にしたときから得体の知れない男だと思ったが、敵である自分を前にしてその隠された部分が少しだけ垣間見えた。
大地から伸びてくる圧倒的な『能力』が自分たちを取り巻こうとしている。
掌の中にある蒼い珠・・・これと匹敵する能力・・・それを手にする事は浩一郎の魂をこの器に入れている限り無理だと判断を下す。
「あなたの・・・・あなたの意思など、関係ないっ!!あなたの魂は良弘様動揺に、肉体を離れる。残った器を適当に傀儡にすればいいのだ・・・!!我々の言うことを聞く魂を入れた人形にすれば・・・・!!」
もはやこれしか方法は無い。浩一郎の父親がどのように思おうとも、この人物をそのままにしておく危険性に比べれば歴然とどちらが良策か知れる。
それに松前良太郎はすでに余命が数年と宣告されている。その跡はすでに目の前の男が継ぐことが決定しているのだ。
ならば今、その肉体を奪えば・・・
「なるほど・・・・そういうことを考えているんだ」
まるで柏原が考えたことをすべて見透かしているかのように、浩一郎は深い深い笑みを浮かべた。
彼は真帆の鞄を持っている右腕に香帆の身体を移動させると、柏原の鼻先にすぅっと指先を突きつけた。
「操れるものなら、操ってみろよ・・・・ただし、俺もただでは済まさない。操られる前にお前を確実に殺してやるよ」
それは自分の大切な者達を傷つけた柏原に対して、浩一郎が本気で発した宣戦布告の言葉だった。
大魔王・浩一郎降臨!の巻。ちなみに良弘は大魔神です。
浩一郎がやっと「選手宣誓」をしてくれました。スポーツマンシップには乗っ取らないけど、殺る気はまんまんです。案外、良弘より過激な一面を持っています。