第64話:蒼珠を持つ者
ガサリッ・・・・・・
風が木の枝をすり抜けるのとは明らかに違う音が茂みの向こう側から届いた。同時に低い笑い声が辺りに響く。
「勘がいいですねぇ」
現れたのは痩身の男だった。つり上がった細い目、それなりに筋が通っている鼻、いやらしい笑みを形作る口元−−−−−『桧原』の中でも、その財を持って一、二の権力を有する柏原正成がそこに立っていた。
「柏原・・・・?何故、ここが」
自分を庇う位置に立つ浩一郎の袖を真帆は震える指で握った。
顔がどんどん青ざめ、体中の血の気が引いていくのが自分でもわかる。
「いろいろと、仕掛けがあるんですよ・・・・それに御三方共、私に用事があるののでは?」
からかうような軽い口調で柏原は返事をする。言葉を発する度にその足が一歩、また一歩と4人の方へと踏み出される。御大のご登場で隠れている必要もなくなったのか、彼の配下の術者たちも木陰から次々と姿を現した。
「今更、あなたになど用事はないわ」
真帆は声が震えるのを必死で押さえた。
その肩を支えるように浩一郎は手を添えてくれている。
焔と浩一郎は鋭い視線で柏原を威嚇してみたが、彼はそれを意にも介さずに彼らからわずか3mしか離れていない場所で足を止めた。
「お前、何者だ?」
焔には目の前の柏原という男が人間とは思えなかった。
公園内部の森を覆い尽くすほどの邪気をその身に纏いながらも、平然と佇んでいる姿は魔界から這いずり出てきた魔物のようだ。
柏原は自らのズボンのポケットを探り、何かを見つけるとそれを拳に隠した状態で彼らの前に突き出してみせた。
「これを、お探しではなかったのですか?」
差し出された拳の中には、掌の中ですっぽり収まるぐらいの青く輝く宝石が握られていた。
新緑が影を作る公園の中で、その石は途切れることなく周りを蒼い光で包んでている。
「何・・・その珠」
提示された石を見ても真帆にはそれが何であるのかわからなかった。
たしかに美しい、不思議な宝石だが、それだけだ。
しかし、焔はそれを見た途端に顔を強張らせた。
この目の前の男が『魂珠』を持っていることに強い衝撃と、深い憤りを覚えた。体の奥から押さえ様の無い怒りが込み上げてくる。握られた拳がわなわなと震え、紅く燃え上がる視線でその蒼い珠を捕らえていた。
「お前、か・・・・お前か、お前かっ!!あの時の野郎はっ!!」
焔の目が紅く染まり、肉体が良弘の形から・・・焔の形へとチェンジする。良弘みたいに整えられていた髪が、赤く燃え上がる炎のように形態を変化させた。
「おやおや、良弘様の物まねはもう終わりですか?・・・なかなか見ものでしたのに。
まあ、私としては焔様になられている方が好みではありますが・・・・」
にやり、と無機質な笑顔を作る柏原に焔は次々に自分の魂に仕掛けてある炎のリミッタ−を開放していく。炎を噴出し始めた姿に柏原の後ろに控えている者たちはごくりと唾を飲み込んだ。
彼女は柏原との間合いを確認し、計算をすると少しの反動をつけて高く地面を蹴った。重力場を無視した跳躍で一気に間合いを詰めると、彼の手に握られている蒼い魂珠を取り戻すために手を伸ばした。
指先が触れようとする直前、柏原は掲げていた手を引き、ひらりと身をかわしてみせる。
焔は前につんのめりそうになるのを堪え、一瞬で踵を返すと柏原の居るほうに身を翻す。
「返せっ!!それは、お前何かが持っていていいものじゃないっ!!」
「さすが、焔さまは・・・これが良弘さまだとお理解りですか」
楽しそうに柏原が告げた事実に、浩一郎と真帆の表情が凍った。
石は冴えるほどに鮮やかな蒼さを称えて、敵の掌の上で弄ばれている。
真帆は目の前が真っ赤になるほどの怒りを覚え、焔を助成し様と動こうとした。
しかしその腕を浩一郎はがっちりと掴み、彼女の動きを制する。
「浩一郎さんっ!!」
批難の声をあげる真帆に、彼は常に見せないほど厳しい視線を向けた。
「だめだ、真帆ちゃんまで捕まったら、それこそ焔は全く抵抗できなくなる」
的確に嗜められて、真帆は反抗する言葉を失った。
今必要なのは、相手を凌ぐ炎の術。予知の能力はあっても炎は並みの術者よりも弱い真帆や、桧原が恐れる財力を持ちながら全く炎の態勢がない浩一郎は出る幕ではない。この状況で手助けができるとすればそれは香帆だけだ。
「俺ですら、この状況では足手まといだ」
最後にぽそりと呟かれた浩一郎の言葉に、真帆は少し泣きたくなった。
悪役、やっとこさ登場の巻。姉妹+αの4人は彼が黒幕であることが気に入らないようです。ひきこもりの長男はいつ出てくるのか・・・
昨日、携帯でUPしたと思ったのに、何故かあがってなくて驚きました。ちゃんと投稿したならあがってるかどうか確認しなくちゃだめですね。