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第62話:亡き父の声

 真帆は着慣れた制服を脱ぐと浩一郎が用意した服に手を通した。

 サイズを調べたというだけあって、オーダーメイドと思しきその服は寸分の狂いも無く真帆の身体にフィットした。

 着ていた制服はきちんと畳んで服の包装に使われていた袋の一つに入れた。これぐらいの荷物が増えた所で逃げるのに支障は無いだろう。

 真帆は身なりが整っているか、もう一度だけ姿身の前で確認してから隣室へと続くドアを静かに開けた。

 少しだけ開いた隙間から、そっと浩一郎の顔を覗き見る。

 彼は文字を読むときにだけ使用する眼鏡をかけ、厳しい顔つきで地図や時刻表、その他諸々の資料を最終確認していた。

(やっぱり、少し・・・似てる」

 おそらく最初に会った時から、自分はそう思っていた。そうでなければまだ出会ってあまり時間が経ってないのに、自分が他人ひとを信用するはずなどない。

 目元と、それから自分が身内として認めたものに対する優しい眼差し。装い、振る舞いの優雅さまで彼は今はもう居ない『彼』に似ている。

「着替えられたみたいだね」

 薄く開いた扉から覗いている真帆の存在に気付いた浩一郎は開いていた資料を一旦机に置き、椅子から立ち上がった。それから大きな机の端に置いてあった小さな紙袋を手渡す。

「まだ夜は冷えるから帽子と手袋、マフラーも必要だったかな」

「それじゃ、ダルマになってしまうわ」

 さりげなく優しい浩一郎の言葉に、真帆は小さく笑い紙袋を受け取った。

「ありがとう・・・浩一郎さん」

 真帆は積もりに積もった感謝の念を深々と頭を下げることで示す。

 しかし浩一郎はそれに静かに首をふってみせた。

「お礼を言うのは、駆落ちが成功した後に・・・・」

 言葉は続けられなかった。

 あげられた真帆の顔に幾筋もの涙が伝っていた。気丈な彼女がどうして泣いているのか解からない浩一郎は珍しくあたふたして、視線をさ迷わせた。

「あなたは、本当によく似ているわ」

「はぁ・・・・?」

 急に話題を変えた真帆に彼はきょとんとした表情をみせた。こういう表情かおも作ることができるんだと少しだけ思いながら、真帆は泣き笑いの状態で言葉を続けた。

「私たちの父によ。顔の作りとか、そういうのではなくて・・・そう、かもしだす雰囲気と雄大な心とそして何よりもその声がそっくりよ」

 誰よりも優しくて、まだ幼かった自分たちを絶対の力で守ってくれていた父。

 本当に大好きだったその人の面影を・・・今はもう思い出の中にしか存在しない面影を、真帆は浩一郎の中に見出みいだしていた。

「お願いが、あるの」

 真帆は手の甲で涙を拭うと浩一郎の顔を真っ直ぐ見上げた。

 浩一郎は穏やかな笑みで、真帆の願いを待っていてくれる。

「その『声』で言って欲しいの、『幸せになるんだよ』って」

 彼女の切ない願いに、彼は静かに目を閉じた。

 そして大きく息を吸い込み、思いの丈を込めて言葉にする。

「『幸せになるんだよ、真帆』」

「はい」

 記憶の父と同じ声・同じ口調で送られた言葉に真帆は大粒の涙を浮かべた。

 それはよしひろを救い出さないまま旅立つ真帆の背中を押す大切な言葉。

 彼女はそれに何度も何度も頷いたのだった。




 焔は香帆を連れて近くの駅まで来ていた。

 平日の昼間だが駅はそれなりに人でにぎわっている。人ごみにまぎれる形を取りながら、二人は確実に待ち合わせの場所へと向かっていた。

「お姉ちゃん、大丈夫かしら」

 香帆は不安そうに兄の大きな手を握り締める。

 桧原からの脱出計画を聞かされた時は、正直胸が高鳴った。この家から開放される。兄と姉の足手まといでなくなること・・・それだけで嬉しかった。

 だが計画の日が近づくにつれ徐々に不安は募ってくる。計画の成功を願っているのに、失敗するのではないかと考えてしまう。

 焔は一旦足を止め、心細そうに見上げてくる小さな妹の前にしゃがみこんだ。視線を合わせて香帆の頬を優しく撫でると、優しい微笑を向けた。

「心配しなくても、大丈夫です。真帆には浩一郎がついています」

 香帆は自分の中の不安を払拭するように何度も頷いて見せた。

「そうね、そうよね・・・浩一郎のお兄ちゃんがいれば、大丈夫よね」

 自分を納得させる言葉を紡ぐ妹の身体を焔はしっかりと抱きしめてあげる。

 香帆もそのぬくもりに少しづつ緊張を解いた。

「それでは、いきましょう・・・時間に間に合わなかったらまずいですからね」

 焔はそう告げると再び立ち上がり、香帆へと手を差し出した。彼女はそれをしっかり握ると、未来へ進むために、その一歩を踏み出した。

浩一郎、パパになる(笑)・・・!?の巻。浩一郎と良弘達の父、瑛一との共通点はいい家のお坊ちゃまでその上当主になるための教育を雁字搦めになるほど受けさせられているということでしょうか。二人とも徹底してマナーを叩き込まれているので動きは優雅です。

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