第61話:旅立ちへの準備
真帆の卒業式は滞りなく終わった。
当初の予定通り、浩一郎は式が終わる時間を見計らい、自分専用の車で彼女を迎えに来ていた。
一通りの挨拶を終えた真帆は校門の所で足を止め、後ろ振り返った。
様々な思い出のこもった校舎。見上げた窓には先ほど別れを言った植村と真帆の恋人である望月勝が方を並べて談笑している姿。
彼らはこちらに気付かず、ちらりとも視線をこちらに向けない。いや・・・監視の目を気にしてこちらに気付かない振りをしているのだろう。揃って職員室の扉の中へと消えていくのが見えた。
「真帆ちゃん?」
窓を見上げたままボォーッとしていた真帆に、浩一郎が車の中から声をかけた。
「行きましょうか」
彼女は視線を彼の方に戻すと、少しだけ寂しそうな笑みを作った。
晴彦と勝は去っていく高級車を静かに見送った。
ここは職員室の隣にある資料室であまり人目にはつかない場所だ。
「駆落ちするなんて、今日始めて知ったぞ」
晴彦の言葉に勝は少しだけ眉を動かすともう一度車の走り去ったほうを眺めた。
「教えてなかったからな・・・・だからこそ、周りも騙されてくれた」
敵を騙すには先にまず味方から。植村のイライラした態度を見たからこそ、見張り役の生徒は真帆と浩一郎が本当に付き合っていると勘違いしてくれた。
それにしても間抜けな見張り役だった。彼らは真帆と交際している人間が居ないか、真帆の恋人である彼に問うてくるぐらいに・・・。あの調子ではもっとあからさまに付き合っていても彼らでは見抜けないだろう。
ただ心配な部分もある。ここにいる生徒とは違い、真帆の家にいるという魑魅魍魎というべき親族たちがどのような行動にでるのか・・・・
(確か、真帆と兄弟たちとの合流地点は・・・)
勝は少し考えた後、晴彦に向き直った。
「植村、俺のこと見送りにくるだろう?」
「あ、ああ」
唐突な質問に植村は友人の質問の意図を掴めずにいた。
「だったら、ついでに引き受けて欲しいことがあるんだ」
真剣に申し出てきた勝に、晴彦はごくりと鍔を飲み込んだ。
浩一郎と真帆を乗せた車は滑らかなスピードで松前本宅の門をくぐった。
そこから先は桧原の車はついてくることなどできない。もちろん、下手に徘徊したら警察が呼ばれることを桧原の家の者は身を持って知っていた。
浩一郎は本宅の敷地の中に立つ自分専用の屋敷に彼女を招き入れた。
さすが日本有数の財力を誇るだけあり、浩一郎専用の屋敷ですら桧原の本宅よりも大きかった。
真帆は浩一郎の誘導の元、広いリビングへと通された。豪奢な作りだがきちんと統一性を保たれており、品のよさがしっかり伝わってくる作りだ。
「荷物は、これだけ?」
浩一郎は運び込まれている荷物の少なさに今一度、彼女に確認をした。
「大切なものは全部つめてきたわ」
大き目のボストンバッグの中には彼女があの屋敷に連れてこられる前の思い出だけが詰まっている。あの家で得た全てのものは余りにも汚らわしく感じて持ち出す気にもならなかった。
ぎゅぅっとバッグを抱きしめた真帆に彼も「そうか」と納得してくれた。
浩一郎は思い出を抱きしめている彼女を暫し見つめた後、ふいに踵を返し部屋の隅に避けてあった紙袋を持ってきた。
成りは大きな紙袋だが片手でもてるほどの軽さらしい。その側面には真帆もよく知っている有名なブランドの名前が書いてあった。
「俺からの餞別・・・受け取ってもらえる?」
真帆は抱きしめていたボストンバッグを絨毯の上に下ろすと両手でその袋を受け取った。
「開けてみて・・・サイズは、調べてあってると思うから」
促されて紙袋から箱を出し、蓋をあけてみる。中に入っていたのは若草色のスーツとそれに似合いそうな真っ白なハーフコートだった。他の箱にはこれも服とコーディネートされた靴が入っていた。
「幾らなんでも、駅で制服はまずいだろ?一応、似合う色を選んだつもりだけど」
手で布地に触れてみると優しく温かい感触が指先を伝わってきた。
「着替えておいで」
浩一郎に肩を押される形で真帆は隣室に通された。いつのまに現れたのか可愛らしいメイドが彼女のためのプレゼントを隣室の机の上に移動させ、にっこり笑って礼をすると静かに立ち去った。
浩一郎、真帆への貢物を差し出す、の巻。いや、本当は善意のプレゼントなんですけど・・・値段の張る物品を貢いでいるようにも見えなくはないなぁと・・・。
浩一郎はあまり値段を考えずに買っているので、メイドに勧められたブランドで真帆の服を作っています。ブランド名を出したかったけど、あまり詳しくないので・・・高級ブランドの名前を思い浮かべていただければ、幸いです。