第60話:学園内の協力者
もちろんそれは駆落ちの相手である勝自身も事前に知らされていた。
最初は難色を示していた彼だったが、計画を話すにつれ何故か酷く乗り気になってくれた。今では彼も棄てられた男を演じてくれている。
「浩一郎にはすでに大切な人がいます。私なんて最初から目に入っていないんじゃないかしら・・・もちろん、私も勝くんしか見えてないからおアイコなんですけど」
真帆の悠然とした笑顔に、植村はここ数日入りっぱなしだった肩の力が抜けていくのを実感した。
脱力するみたいに椅子の背もたれに懐くと、真帆は更に笑みを深める。
「私が、彼を棄てたと思いました?」
「・・・人が悪いな」
悪戯っぽく問い掛けてくる真帆に植村はじと目で睨みつける。
しかしその様子にすら、彼女は勝ち誇った顔で答えた。
「貴方が騙されるなら大丈夫ね」
この学校の中にも桧原の関係の子女は数名いる。彼らが自分の学校での見張り役であることは入学当初から解かっていた。
だがこの学校の特殊なシステムのお陰で彼らと真帆は一緒のクラスになることなど無かった。
入学当初は寄付金の多い家庭の子息を集めたIクラスに入れらる予定だったが、彼女が入試の際に見せた成績により成績優秀者の集まるAクラスに振り分けられたからだ。
焦ったのは桧原家の連中だ。同じクラスに置く予定の見張りは全く機能せず、その上、学業の妨げにならないようにとA〜Cクラスまでは特別な校舎にて入れられているため、よほどの用事がない生徒はそこへ近づくことも許されなかった。
お陰で学校の中でだけは平穏な暮らしができた。
「見張り・・・?」
植村は声を潜めて彼女に聞いた。真帆は静かに、苦笑しながら頷いて見せた。
「私がこの日を狙って行動しようとしていることぐらい、あちらも気付いています。本来なら今日だって式が終わったらすぐに家に帰る車に乗せられる予定でした。
浩一郎さんは私が次の行動をするためのパイプの役目と盾の役目を買ってくれています。いかに『桧原』といえど『松前』に歯向かう事が自分たちの生命を断ち切ることと同じことだとわかっていますから。
そしてその宗家の嫡子が、本宅へと私を本宅へと招くことを止めることなどできない」
彼女がそれほどまでに神経質になっている理由を知っているだけに、彼はどこか悲しく感じた。
憂慮すべき点は星の数ほど多い。逃げることの危険性だって彼女たちは理解しているのだろう。
だがそれで彼女がこの苦しげな笑みをやめるのならば、自分も何かしたいと感じていた。
「幸いなことに、私と彼が付き合っていたことは学園内でも僅かの生徒、生徒会役員の・・・それも極一部にしか知らせていません」
彼女はそこで一旦、言葉を区切った。
それから何かを考えるように静かに目を閉じる。
瞳が隠されると彼女の意思の強さが少し隠れ、どこか物悲しい顔立ちへと変化する。美しく『姫』と呼ばれるに相応しい容貌が際立つ。
だが彼女の内に潜んでいるのは、炎のような熱情と、ゆるぎない意志の強さだ。そしてそれをなくして彼女の美しさの真髄を語ることはできない。
「私が行けば、追手はまず私の親しかった人たちに事情をききにくると思います」
彼女は思い口調でその一言を告げた。植村は弁えたように「そうだろうね」と合意する。
「俺の命令で口止めしておけばいい?」
この学校の生徒会役員は代々その会長に傾倒している者が多い。植村は高等部から外部受験によりこの学園に入学した。それなのに一年の時から生徒会長を務め、その役員たちにも人望が厚い。
ちなみに幼等部・小等部・中等部までは他の人間が勤めていたようだが、その人が中等部を終えると同時に学園を去ったため、当時の役員たちは高等部で生徒会執行部にはいるさえ辞意したという伝説的なことまで起こっている。
「お願いします、信頼の厚い貴方の頼みなら、みんな黙って聞いてくれますから」
真帆は向かい合う彼に向け、深々と頭を下げた。
植村は彼女の真摯な姿勢に優しく笑ってみせる。
話が終わるのと同時に卒業生への入場準備を促す学校放送が流れた。植村は徐に椅子から立ち上がると、まだ座ったままの真帆に向き直った。
「それじゃ、卒業式が終わったら暫くお別れだな・・・幸せに、なれよ」
「ええ、幸せを掴みます」
優しい植村の餞の言葉に彼女は今まで彼に見せた中で最高の笑顔を作って見せた。
晴彦、格好をつける、の巻。
ちなみに晴彦の容姿は童顔で背は170cmぐらい、栗色のさらさらヘアーを持つ眼鏡っ子です。虚勢をはって一人称で『俺』を使っていますが、どちらかといえば『僕』タイプの容姿を思い浮かべてくれるとありがたいです。