第55話:明らかにされた計画
自分の胸で泣きじゃくる小さな身体の感触を確かめるように抱きしめ、浩一郎は小さく「ありがとう」と呟いた。その言葉に答えるように、焔は浩一郎のシャツを握る手に力を入れる。
「それじゃ、もう一つ・・・許してくる?」
浩一郎は焔の背中を撫でながら、訊ねた。
彼の質問の意味がわからなくて焔は泣きはらした目で浩一郎の顔を見上げた。
「俺、昨日、真帆ちゃんと婚約したんだけど・・・」
「・・・・・・・・・・・はい?」
告げられた言葉を即座に理解できなくて、焔はぴたりと涙を止める。
それから、徐々に理解したのかその大きな目がぎりりっときつくなった。
「なんだと?」
静かに怒っている焔に浩一郎は「まだ言うのが早すぎたか?」と小さく自問する。
それが更に彼女の怒りに油を注ぐ。
「いったい、どういうことだ?その計画は最初の日に却下しただろっ!?」
怒り爆発の焔の目からは先ほどまでの涙もすべて消えていた。逆に勝手に自分が棄却した計画を進めている浩一郎と真帆に憤りを露にする。
「あ、それは覚えているんだ・・・」
浩一郎は彼女の怒りをあまり気にせず、自分たちの計画を理解している焔に対して安堵の笑みを浮かべる。
彼にしてみれば、これが計画じゃなくて自分たちの意志だと思われることのほうが問題だったので説明の手間が省けると純粋に喜んで見せた。
「一応、焔と喧嘩した後に真帆ちゃんと連絡をとって・・・それから毎日、彼女のことを送ってこの家まで来てたんだ。お陰で、この家も真帆ちゃんの学校の人間も俺と真帆ちゃんが恋仲だって信じてる。それで昨日、とうとう婚約を・・・」
「俺がききたいのはそういう概略じゃないってこと、わかってるよな?」
ゆっくりとベッドから這い出してきた焔は目の前にある浩一郎の襟元をぎゅぅっと掴んですごんでみせる。
「なんで、勝手にこんなこと、した?」
怒鳴るよりも怖い地を這うような焔の声に、流石に浩一郎もまずいと感じたらしい。
「彼女を卒業式の後連れ出すにはそれが一番いいと思ったからだよ。時間的に余裕があったら他にも手が打てたかもしれないが、あの短い期間ではこれが最善の方法だ」
誰が、どこが、どう動くのか・・・どうすれば、自分が欲しい道を得ることができるのか、浩一郎はできるだけ焔の意志を尊重した計画を練った。
その結果、あの家とは何も関係ないが、あの家が畏怖するほどの財力・政治力を持つ者が囮になることが一番、簡単で、確かな方法だった。
そしてそれに該当するのは自分しかいなかった。
「真帆ちゃんは責めるなよ、俺が、言い出したんだから」
あくまでも自分だけが悪いと言う浩一郎に、焔は「当たり前だろっ」と怒鳴りつけた。
「まあ、なってしまったものはいい。どういう計画で進めてるだ」
過ぎてしまったことをぐだぐだ言ったところで先には進めない。自分の意には添わぬ計画だが、聞いてみるだけの価値はあると思った。
浩一郎は一旦、焔から離れると机の上に出しっぱなしにしておいた大きな茶封筒を出した。
そこには今回の計画のための資料・・・・最寄の交通機関までの所要時間、経路、そのほか諸々のものが揃っていた。
「決行日は3月8日、真帆ちゃんの卒業式当日だ。
その日も俺が彼女を学校まで迎えに行くことで了承を得ている。その後卒業記念も兼ねて食事をすることまでは桧原家の許可を得ている。とりあえず俺は彼女をつれてセキュリティが万全な実家に連れて行くつもりだ」
こんな私邸ではセキュリティのレベルも知れている。本宅に連れて行くことで普通に桧原の目も誤魔化せるだろう。もし、『逃げること』を警戒してあの家を見張ろうとしても、周りをすべて使用人や松前関係者で買い占めた土地では、関係の無い人物が少しでも徘徊しようものならすぐさま警察がくるような設備になっている。
「真帆ちゃんの必要な荷物はすでにこの私邸経由で本宅に運んである。もちろん、香帆ちゃんの荷物もきちんと運んである」
随分と用意周到にことを進めてある。
荷物のことなど本当にこの数日間でやっていたのかと疑いたくなるぐらいだ。
「真帆ちゃんの荷物は俺の実家に行くときに持っていくからいいとして、香帆ちゃんの荷物は東京駅のコインロッカーに入れておくつもりだ」
だんだん話が進んでいくに連れ、焔はむぅんと顔を顰めた。
浩一郎、焔に怒られるの巻・・・っていつも怒られてるよね、いろんな理由で。
浩一郎の実家・・・つまり松前の本宅ですが、敷地面積は東京ドームの数で換算されるような広い屋敷です。屋敷の中にはヘリポートもあり、浩一郎はこの屋敷の中に別棟として1軒部屋を与えられています。