第4話:とぼけた親友
二月───センター試験も終わり、大学受験の最終本番が近づくと、三年生の教室はぴりぴりと緊張し始める。机の上には様々な教科の参考書や問題集が置かれ、赤ペンやデル単が辺りに飛び回っていた。
この時期に授業は余りない。その殆どが自習になっており、解らない部分や試験の傾向と対策を教科担任に聞きに行ったり、個人個人バラバラに行動をしている。
そんな中で良弘は一人ぼんやりと窓の外を眺めていた。机の上には何も出しておらず、ただただぼんやりしている彼に、周囲は嫉妬と羨望の眼差しを送る。
「よぉしひろっ♪♪」
そんな彼の様子を気にせず、こちらも受験生としての焦りをみじんも見せない明るさで友人・松前浩一郎が声をかけてきた。
しかしそんな浩一郎の呼びかけにも良弘は視線をちらりと向けたのみである。
「どうした?元気ないなぁ・・・いつもなら回りの事を考えろって取り敢えずの嫌味ぐらいくれるのに」
悩みがないと勘違いさせるほど明るい声に良弘はわざと大きな溜息をついた。
そんな良弘の態度にもまったく動じない浩一郎はちゃっかりと良弘の前の席を確保する。
「悩みがあるならどぉんと、この松前浩一郎様に話してみろよ」
「・・・あなたに相談するぐらいならそこらを歩いている蟻の方が答えを見つけてくれるような気がしますよ」
今度は突っぱねるように言葉を紡ぐが、
「だーいじょーぶっ、まーかせーなさーい」
浩一郎は大きく胸を張るとぽんっと叩いて見せるだけだ。
いつもながらに騒がしい男だ。教室の大多数が彼の行動に呆れている。
「ほら、良弘ってば問題とか内々に溜め込む気質だろ?殆ど抜け場のない永久ループに思考が陥りやすい。だったらそうなる前に、その問題を俺にぶつけてみてはどうよ?
物は相談。やってみなくちゃ解らないの意気込みで俺にうち明けてみろって」
最後の言葉のせいで誤解されがちだが、言葉の前半はきちんと良弘の人となりを見極めている。
良弘は視線を和らげると机の上に手を組んで乗せる。
「わかりました。駄目で元々・・・話してみます」
「うわ、なんか酷い言われよう」
漸くいつものような強かな部分を見せた良弘に、浩一郎は笑顔で返す。
そんな明るい笑顔につられるように、良弘も小さく笑みを零した。
良弘の笑みを見る事が出来る人間はそうはいない。両親が殺されてからは自分の親族はもちろん外部の人間にも心を閉ざした彼は、安らぐという事を忘れていた。
唯一、自分を見せられる兄弟からも引き離され、常に無表情であることに慣れてしまった彼を、回りの人間は薄情で無感情で冷酷な人間だと勘違いする。
しかし、浩一郎はそんな周囲の誤解を喜んでいた。
学校内に絞れば、良弘が笑顔を見せるのは浩一郎に対してのみ。自分だけは特別───ということが自称・良弘の親友である彼には嬉しかった。
良弘も良弘でこの一見明るくて何も考えてないように振る舞う友人が、その実、他人との間に高く厚い壁を作っていることを知っている。そして、自分だけがその壁の内側をかいま見ることができることに少しだけ優越感を持っていた。
「それでは、よろしいですか?」
「はい、どうぞ」
それから少しだけ沈黙が起きた。
どう言葉にすればいいのか考えているのか良弘はなかなか言葉を発しない。
しかたなく、根気よく聞き出そうかと浩一郎が考え初めるころ、やっと良弘は重い口を開いた。
良弘の親友・松前浩一郎登場の巻。やっと二人目の主要人物が出てきました。
後一人出れば殆どの主要人物が出る事になります。