第48話:気付かされた思い
精一杯虚栄を張り自分一人で周りを守ろうとしている焔の頭を真帆はただ優しく撫でてあげる。
「浩一郎さんは、そういうのひっくるめてわかっていると思うけど?」
あの人がそれぐらいの危険を察知できないはずがない。
そしてもし本当に利用されているだけだとしても彼は『焔』にも『良弘』にも手を貸すだろう。それだけの覚悟はできているはずだ。
焔も真帆の言葉が理解るのか、それでも否定するように首を横に振った。そんなことが判らない相手だったらこんなに頼ったりなどしない。
「でも・・・」
真帆は言葉を一端切ると焔の髪を撫でていた手をテーブルに置いた。
視線はどこか遠い所を見ているようだ。
「でも、焔の考え方判らないわけではないのよ」
大切な姉妹を守りたい−−−−−自分が傍にいることで彼らが危険になるのなら、いっそのこと離れて行動したほうがいい。
それは3年前、まだ15歳だったころの自分の考えだった。
その当時の自分はそれが最良の道だと考え、行動に移した・・・それが最悪の結果を生むことなんて微塵も考えていなかった。
焔には自分と同じ間違いをして欲しくなどない。相手を思いやって離れたとしても、自分がどれだけ相手を思っているのか敵に知られているなら結果は同じことなのだ。
「昔の私は焔と同じ考えで良弘さんたちの手を離したわ。結果がこのざま大笑いよね」
真帆の告白に焔が驚いたように顔をあげた。
焔自身は真帆たちが捕まったときすでに良弘の深層部分に閉じこもっていたので彼らがどうやって捉えられたのか知らなかった。
良弘の肉体を借りている間に脳に残る記憶を辿ろうとしてみるが、どうもそこの部分は意図的に靄がかかり読めないようになっている。
焔の思考を無視して真帆は言葉を綴る。テーブルの上の手が拳を作り、白くなっている。
「別に道があるなんて全く考えなかった。傍に居れば互いに守りあえるって判ってなかった・・・遠くに行けば、その人が危険に陥っていることすら気付くことすらできないのよ」
真帆の瞳が寂しそうに焔を射た。
焔は彼女の心がこちらに向けて開いていることに気付き、そっとそれに触れてみた。
指先から入ってくる彼女の嘆き、苦しみ、遣る瀬無さ・・・自分勝手に離れてしまったことで、彼女は自分たちが捕まってしまったのだと今でも後悔している。
そして自分と同じ間違いをしようとしている焔のことを憂いていた。
「だから、焔は間違えてはいけないわ。あなたが今日した選択が最良ではないことを理解して」
そう締め括られた言葉に、焔は一抹の寂しさを感じた。真帆はすでに大人になっている。後悔が彼女の成長への扉を開けさせ、当主としての時が彼女を更に成長させた。
良弘に会った時も思ったが、自分だけがどんどん取り残されている。同じ時に生を受けたはずなのに、こんなにも精神に差がついている。
「真帆は、強いな」
下唇を噛んだ、どこか拗ねたような仕草でそう宣う焔に真帆は自嘲した。
「強くなったのかしら・・・強くなろうとは努力してきたけど・・・この3年間、あのときに感じた精神的な敗北をもう二度と味逢わないために・・・」
巫女の仕事を必死にこなしたのも、その未来を見る能力を飛躍的に伸ばして、次に逃げるときの糧にするためだった。もちろん、逃げるときの体力のためにも運動も怠らずに、またどこででも働けるようにと学校で取れる資格はすべて取得した。
すべては自分たちが再び自由になるために、そしてこの家に二度と捕まらないために。
強い−−−−−−それは真帆にとって最高の誉め言葉だった。
「私は、誤ったわ・・・でも焔は誤らないでね」
最後とばかりに切ない顔で懇願する真帆に焔は小さく肯いて見せた。
ようやく判ってくれた焔に真帆の口元が綻ぶ。それを見て、焔は不機嫌そうに口を尖らせた。
「そうだわ、焔、一つ聞いていい?」
今までとは違い、何かを企んでいるような明るい笑みで問うてくる真帆に焔は別個の警戒心を覚えた。それでも「おう」と承諾してしまうところは、彼女の甘さだ。
「今、一番大切なのは誰?」
にやにやと笑う真帆に、焔は首筋まで顔を真っ赤にした。
いろいろと逡巡したあと、彼女はぽそりと
「・・・・・・浩一郎」
と呟く。
その顔が余りにも可愛くて、真帆は思わず焔を抱きしめた。
真帆、おせっかいばばぁになるの巻でした。どうやら彼女は浩一郎と焔を本気でくっつけたいみたいです。自分が幸せだからって・・・・
真帆にとり焔は香帆よりもちょっと大きな妹という感覚です。完璧に姉としてみていません。