第47話:意地っ張りな焔
その日、真帆は珍しく良弘しか居ない部屋に行くことを許された。
浩一郎の正体が知れたことで、桧原家の人間たちは彼らが接することに余り敏感ではなくなってきているようだ。
「おじゃまします」
真帆が機嫌よくドアを開けると、椅子に座った焔が良弘を真似て真帆を迎え入れる。
その後、すぐに結界が張られ、二人は同時に席に着いた。
いつもと同じ行動・・・しかし真帆はすぐに違和感を覚えた。
わけのわからない感覚を不思議に思い、焔の顔を見ると更に驚くことになる。
「どうしたの?」
焔の顔は良弘を装っているものの、どこか良弘にはない感情が流出していた。
よくよく見ると涙の跡が少し目元に残っている。
あの祈祷所で見たときには感じなかった焦燥が焔の顔に浮かんでいた。
「あの後、何かあったの?」
確かに後藤田の件では何かもやもやが残ることがあったが、彼女が涙を浮かべることなどない。だとすれば高校に戻った後・・・浩一郎と何かがあったとしか考えられない。
「浩一郎さんは・・・?」
「浩一郎は、今回の件から外した」
真帆がその名前を出すと同時に、焔は降り切るかのようにそう告げる。
(やっぱり、そう来るの・・・焔って案外、予測どおりの行動するわね)
もし焔が彼女の心を読んでいたら怒り出しそうな言葉を彼女は胸の中で呟いた。
敵が何かを仕掛けてきたら、絶対に彼を外すだろうと真帆は確信していた。
そしてその予測どおりの行動に怒りよりも呆れてしまった。
守るためには遠ざける、それも一つの道ではあるが真帆はそれが良策だとは思わない。
それに、この状態はあまり芳しくない。「はい、そうですか」と聞き流せる内容でもない。彼女は焔に気付かれないように小さなため息をつくと、焔の顔がよく見えるように覗き込んだ。
「どうして、そんなことを?」
当然のように質問してくる真帆から焔は視線をそらした。きゅっと彼女の握られた拳がどこか痛々しい。そんな焔の手に真帆は自分の手を重ねた。温かいぬくもりが、机の上に置かれたままの拳を包みこむ。
「やっぱり、この家のことはこの家で解決しなくちゃいけないだろ?」
「うん、それが建前ね・・・それでどうして、そうなったの?」
無理矢理笑って答える焔に、真帆は常と変わらない言葉で質問を切り返す。
金の亡者である親戚の大人たちを常日頃相手にしている彼女にしてみれば、焔の態度など判りやすく可愛いぐらいだ。
焔は真帆の視線から逃れるようにそっぽを向いていたが、やがて諦めて大きく息を吐いた。
「仕掛けてきたって事はこれから、術者が出てくるってことだ。ここから先は他人であるあいつなんか足でまといだろう」
「意地っ張りね」
何とか正論で切り抜けようとする焔に対して、真帆は意外な言葉で返した。
不思議に思って真帆の方を見ると、彼女は慈愛に満ちた目で焔を見つめていた。
「馬鹿ね、私にまで意地を張らなくていいのに・・・正直に『浩一郎さんが大事だから、危険な目にあわせたくない』って言ってみたらどう?」
あくまでも意地を張り通そうとする焔に真帆はきっぱりと心理を言い当てた。
真っ向から心裡を言い当てられた焔はばつが悪そうに視線を落とした。
この家から逃げようとすれば術者は炎で攻撃をしてくる。そうなれば炎の加護を受けた自分たち姉妹はともかく、浩一郎は絶対に怪我を負ってしまうだろう。
いやもしかしたら、死・・・なんてこともあるかもしれない。そんなこと、考えただけで目の前が真っ暗になって息が止まりそうになる。
「そんなこと・・・」
「ないの?・・・ないんだったら、私から浩一郎さんと連絡を取って私が彼を巻き込むわよ」
否定しようとする言葉はすべて真帆によって遮られ、容赦ない言葉が焔を追い詰める。
第一、真帆のほうから浩一郎に連絡なんか入れたら、この家の連中の目は更に浩一郎に向いてしまうではないか。折角自分の方から傍を離れた意味がなくなる。
「そんな・・・と、だって、しかたないだろ?本当は、浩一郎がすごく役立つ人間だってわかってる。だけど、あいつが傷つくのなんて見たくない。これ以上、あいつを利用したくない」
真帆の攻撃に負け、心情を吐露した焔に彼女は満足そうに笑って見せた。
真帆、焔をいじる・・・じゃなくていじめるの巻。浩一郎にも追い詰められ、真帆にも言い当てられ、焔いいところなしです。いや簡単に追い詰められるところが焔のいいところなのかもしれません。