第46話:蒼い魂珠
それに、この蒼い色・・・『桧原の血を引く限り必ず炎を象徴する赤みを帯びた魂珠を持つ』ともう一人の男から聞いている。
実際、見せてもらった魂珠はすべて赤褐色だった。他の色は全く皆無・・・ましてや『水』を現す青などありえるはずがない。
「形も色も大きさも人それぞれ・・・しかし、このような輝き・色・形・透明感を持つ魂珠は私も初めて見る。多分、あいつもそう思うだろうな」
後藤田の考えを呼んだように『男』は付け加えた。
彼の言葉に後藤田は二人が有する最大の能力を思い出す。
魂喰い−−−−桧原の能力を持つ者の身体から魂だけを抜き出し、喰らう者。
彼らは奪った魂珠を喰らい、自らの内に取り込むことで、魂の持ち主が持っていた能力を自らのものにするのだ。
噂では前当主の魂珠もどちらかに食われたと聞いている。
「どなたの魂ですか?」
恐ろしさに震える身体を何とか宥め、楽しそうに後藤田の反応を見ている男に問い掛けた。これが魂珠だというのならその魂の持ち主がいるはずだ。
「わからぬか、・・・・ふむ」
勿体つけるように考え込んだ男が答えるのを後藤田は只管待った。見上げる男の口元には嘲りの笑みが浮かんでいる。
「そうだな、教えてやろう・・・これは、桧原家当主の無力な兄の魂珠だ」
「なっ・・・それはどういう」
告げられた真実に後藤田の目が更に見開かれた。
そんな筈がない。直系の血筋に近ければ近いほど、魂の紅さは増すはずだ。直系中の直系である彼の魂が一点の紅を持たないはずがないのだ。
もしこれが本当に『桧原良弘』の魂珠であるならば、彼は当主の資質がないだけではなく、そもそも当主の血すら引いていないことになる。
「あやつは儂らを騙し、桧原の血を継いでもいないのに当主の兄を語り・・・」
思ったことを口にする後藤田を男は冷酷に見ていた。
良弘が前当主の子供であることはすでに明確なことだ。
第一、前当主に瓜二つとまで言われる顔が、血の繋がりを示している。それに当主の兄を語って彼に何のメリットがあるというのだろう。
将来の道を閉ざされ、幽閉とも取れる状態に追い込まれて喜ぶのはよっぽどの被虐趣味の人間しか居ない。
「とにかく、あれを・・・当主から引き離して・・・」
「落ち着け、後藤田」
男はまだぶつぶつと続いていた後藤田の戯言を一言で止めると、諭すように言葉を紡ぐ。
「私も最初はそう思ったが、そうではないのだ。これを少しだけ触ってみるがいい」
差し出される蒼い球体。彼は暫しの戸惑いの後、手を伸ばした。
指先が、青い球体に触れる。
何のことはない、と感じたのは最初だけだった。すぐさま触れた指先が熱くなり、彼はそれを受け取ることさえ出来なかった。
「・・・これは、熱を発している」
少し触れただけだというのに、まるで高温の炎に入れておいた鉄串に誤って触れてしまったみたいな跡が指先に残っていた。それは後藤田にとり、生まれて初めて負う火傷だった。
「蒼い炎というべきか。
高熱を常に保ち、すべてを一瞬にして灰に出来るほどの能力をこの魂は秘めている」
男は自分の目元まで、再度それを近づける。
貴重な『魂珠』だ。彼が今まで見てきた中で一番強い能力を秘めている。その能力の種類も今までと段違いに多い。
これを自分の身体の内に取り込んだ時のことを考えると、腹の底から笑いがこみ上げてくる。
「桧原良弘という男は中々の曲者らしいな」
前当主も素晴らしい宝を残してくれたものだ。
香帆だけでも当主としての能力があるのに、真帆という貴重な収入源や、良弘と志う歴代の中で一番の能力を抱く者を作ってくれた。
そして何よりもあの紅い髪と瞳を持つ『焔』・・・・良弘よりももっと美しい魂を、彼は早くその手の中で弄んでみたかった。
「つまり、『彼』は当主としての器があるのですか?」
楽しい思考をつまらない言葉で遮った後藤田を彼は冷たく見下した。
彼は何の利用価値も無くなった後藤田に背を向けると、その部屋唯一の扉を開けた。
途端に暗い闇を攻撃するかのような光が満たした。逆行によって作り出された男のシルエットに後藤田は目を細める。
「当主の器か・・・あったかも知れぬが、さて。闘争心のない者がこの『桧原』の当主として君臨できるとは思えぬがな」
男はそれだけ言い残し、その場を後にした。秘書にこれから後藤田が訪ねてきても対応するなと耳打つ。
あんな男はいらない。魂を喰らう価値すらない。
だが今日得た情報は非常に面白かった。
良弘の『魂の匂い』をつけただけで、2人の子供たちは色めき立ち、一番の『焔』が一番厄介なあの『浩一郎』を戦列から外してくれた。
まだ『真帆』はあの男の力を借りる気満々なのだが、どうやって阻止するか・・・それに目の上のたんこぶとも言うべきあの『男』がどう動くのか。
退屈な時間は過ぎた・・・スリルある日常、そして勝者たるのは『良弘』を握る自分だ。
面白い、笑いが止まらない。
喉を鳴らすだけの不気味な笑いをしながら、男は屋敷の奥へと消えていった。
後藤田、用済みの烙印を押される。の巻。・・・・最初から終始一貫、捨て駒呼ばわりされていた後藤田がとうとう用済みになりました。
それにしてもあんな不気味な笑い方をしている主人を見て、ひかない秘書っていうのはワイヤーロープの神経でなくてはやっていけない商売だと思います。