第42話:炎の部屋の会話
全員がその場を去ったのを確認すると、彼女は護摩壇近くに置いてある座布団の上に静かに腰掛け、拍手を打った。その音が祈祷所ないに響くのを確認してから、ゆっくりと双眸を閉じる。
焔との精神を利用した会話をしやすくするために、彼女は静かに瞑想開始した。
『あいつが言っていた紅い髪と瞳の少年は、多分俺のことだ』
静かにたゆたう彼女の心に、焔の『声』が届く。
『その上、そいつは炎の結界の為されていない場所なら、『覗く』ことが出来るみたいだ』
良弘を浚った本人かどうかは判らないが、後藤田を来させた『誰か』は間違いなく焔が良弘の身体を使う瞬間を見ていたはずだ。そうでなければ『紅い髪と瞳の少年』なんて言わない。
そしてその人物は彼らの一味あるいは本人の可能性が高い。そうでなければ浚う当日に肉体の監視なんてしないだろう。
(精神世界で、良弘さんに会った時も髪の毛は赤かったんじゃないの?)
真帆の当然の疑問に辿り着く。
肉体を持っていない焔は本来の色のはずなのだから、その時に見ていれば赤い髪・紅い瞳を持つ者になっただろう。
しかし焔は『ちがうな』と呟く。
『もし、精神世界のみを見ていってたんなら、赤い髪と瞳の少女・・・になるはずだ。俺が良弘の肉体を支配する瞬間、その色を変えてしまったあの時以外にあいつが言った紅い髪と瞳の少年は存在しない』
その乱暴な口調と、良弘の声を真似ているせいで忘れがちだが、焔は女性だ。
一目見ただけで良弘は気付き、『女の子ですか?』と、訊いてきたぐらいには判別がつく。
『あの時、良弘の部屋の鍵はすべてかかっていた。あの部屋の窓は天井近くの明り取りのやつしかない。他の親族に怪しまれずその窓から覗ける人間はかなりの異能者だ』
誘拐した人間と覗き見していた人間が別だなんて考えたくはないが、考慮しなくてはならないだろう。
ふいに、真帆の肌に感じる熱が高くなった。
自分が扱えるものよりずっと熱く激しい炎が向かい合う護摩壇の上で渦巻いているのが解る。
しかしその炎はあくまでも彼女に優しく、その身を焼く事はない。
『真帆、目を開けてくれないか』
突然、言われた言葉にいぶかしみながらも彼女は徐に目を開けた。
視界一面を覆い尽くす炎――――部屋を飲み込む程に成長したそれに真帆は目を剥いた。
炎の中には、一つだけ人影があった。
自分よりも少し背の低い紅い髪と瞳を持つ者・焔−−−−−少しつり上がった目元、幼さを残した頬、目の部分は確かに良弘に似ている気がするが、それよりも断然艶っぽい。
一目だけなら確かに少年に見えなくもないが、僅かでも動けば彼女の胸元の動きで女性だとわかるだろう。豪奢な美貌を彩る紅い髪は護摩壇の炎と同化して、幻影的な美しさを増大させていた。
『これが罠なのは判っている。だが、逆にきっかけでもある』
焔の言葉に、彼女も静かに肯き返した。
(簡単には尻尾を捕まえさせないでしょうけど・・・)
今まで自分たちをやきもきさせた上で、捨て駒と思しき男を送り込んできた男の手簡に嵌るわけにはいかない。
『さっき、後藤田が出て行った時に使役の鬼をあいつの身体につけておいたが、屋敷を出た瞬間に消し去られた』
これほど判り易いメッセージを送ってくるからには、彼が失敗しても自分まで辿りつけないだろうという自負があるのだろう。
真帆としてみれば、使役の鬼なんてものを使える焔もよっぽどの異能者なのだが、その辺りの感想は胸の奥のほうに仕舞っておく。
(また、接触してくるかしら)
『五分五分ってところだろうな・・・そして来るとしたら、後藤田みたいな馬鹿ではないと思う』
今回、向こうがしたかったのはこちらがどれほどの戦力を蓄えているのかの調査だろう。上手く向こうの罠に嵌ってくれれば、運がいいという感じで話題も作られていた。
ただ、後藤田という人物が捨て駒にもならなかったので、短い調査だけで『敵』も終わらせたのだ。もしかしたら今回の件で、後藤田は失脚する可能性は高い。
(どちらにしろ、まだ暫く様子見ね。また怪しいのが来たら、呼ぶわ・・・)
彼女は堂々巡りになりそうな会話をそこで打ち切る。焔もそれに了解すると、護摩壇の炎の中へとその身を溶け込ませた。彼女を飲み込んだ炎は一層の勢いを挙げた後、何事もなかったの用に護摩壇の中に収まった。
真帆は彼女の気配がしっかり消えたことを確認してから、ゆっくりと立ち上がり祈祷所の扉をあけた。
「落ち着きました・・・再開しましょう」
真帆の言葉にその場にいた侍従たちは一斉に頭を下げ、次の客を迎えるための準備を開始した。
真帆、焔にセクハラする?の巻。幾ら姉の体とはいえ、胸元を見すぎです。
前に書いたときは焔の性別はなかったので、今回は少女っぽさを強調してみました。ゆえに胸元の観察となったのはご愛嬌ということにしてください。