第41話:敵からの情報
彼女には『それ』に思い当たる人物がいた。
良弘の身体に入っているため彼女の元来の姿を見ていないが、焔の元来の姿は赤い髪と瞳を持っているのではないだろうか。それを見ることが出来た人間・・・それは良弘を浚った人間かそれに付随する者だろう。
「赤い髪と紅い瞳?」
真帆は訝しげな顔をして後藤田の言葉を繰り返した。やっと彼女が垣間見せた反応と呼べるものを、彼は両手を膝の上に乗せてじっくりと観察している。
「心あたりはございませんか?」
駄目押しされても、真帆はそれ以上の反応はできなかった。自分の憶測だけでそれが焔だと断定するのは早すぎるし、この『捨駒』にどのように返すべきかも判断がしにくい。盛大に反応して敵の出てくるのを待つというのも不用意で危険すぎる。
「心あたり、と言っても・・・」
本当に困惑しているような雰囲気をかもし出しながら、彼女は困ったように控えていた侍従に視線を送る。
「あなた達は、後藤田様の仰るうような方を見たことがありますか?」
最上段にいる真帆からの質問に、控えていたもの全員が困惑しながら首を横に振った。ざわざわと静かだった祈祷所が少しだけ騒がしくなる。
「どうやら、誰も心あたりがないようです」
そう結論付けた真帆に後藤田は慌てて、縋るような格好で身体を前に出す。
「いや、しかしっ」
「・・・それほど兄に似た人物がいうのなら、その方をここに連れてきてください。私もお逢いしてみたいですし、その方が話が早いでしょう。
それに、いったい何処の何方が、目撃されたのかも教えていただきたいですね」
なおも食い下がろうとする彼に、真帆はぴしゃりと言い切った。
情報提供者の名前を問われ、彼は顔をひきつらせると「いえ・・・あの・・・」と言葉を詰まらせる。
「教えていただけなような、如何わしい相手ですか?」
「いえ・・・ちが・・・いや、そうですな。私もどなたが見たかは、人づての人づてで・・・」
口篭もりながら理由もないことをごにょごにょと繰り返す彼に、真帆は侮蔑と怒りの入り混じった視線を送る。
彼女の表情の変化に、その場にいた全員が覚めた視線で中央に座る後藤田を見る。
「いや、本当にお時間を取らせてしまったすみませんでした。今度は誰が見たのかをきちんと訊いてから出直してきます」
自分のしつこさのせいで真帆を怒らせてしまったと思った後藤田は、慌ててその話題を打ち切った。
彼は正座のまま数センチ後ろに下がり、静かに平伏した。
「それでは、これにて失礼いたします。本日はありがとうございました。また大変不躾な質問をしてしまったことも重ねて深くお詫びいたします」
真帆はその言葉に肯くと、もう話はないとばかりに彼に背を向け護摩壇に向かってしまう。
もう一度、真帆以外の全員が儀礼的に頭を下げた後、後藤田は脂肪の目立つ身体を立ち上がらせ足早に出て行ってしまった。
扉の閉まる音がすると同時に、彼女は控えていた全員に顔を見せた。その顔は不機嫌そうに曇っていた。
「気分が乗りません。禊に入りますから全員退出してください」
「しかし・・・」
まだ客は山のように来ている。せめて深いつながりのある企業だけでもこなしてもらわなければ、困る、と侍従たちは困惑げに目線で訴える。
だが彼女はそれに聞く耳を持たず、すぅっと立ち上がり、護摩壇へと近づいていく。
「このように優れぬ気分では見える未来も見えなくなります。心を平常に戻し、炎の洗礼を受けたらまた再開します」
炎に映し出される荘厳な顔立ちに、彼らはふぅっとため意を着ついた。
これ以上ごねるよりも禊をさっさと済ませてもらい、次の人間を見てもらったほうが効率的だ。彼らは彼女の機嫌を損ねた後藤田に向かい内心で怨嗟の言葉を紡ぎながら、祈祷所を後にした。
真帆、ごきげんななめの巻。あ、こっちのほうが本当に内容に合っているかも。こういう部分のサブタイトルはとってもつけにくいです。
ちなみに二人の会話中、焔はずぅっと祈祷所の中を行ったり来たりと飛び回っていました。