第39話:見えない光
呼び出しを受けてから大分時間が経ってしまった。急がなければ連絡をくれた真帆に報いることができない。
焔は浩一郎に見守られながら、風の精霊の能力を借りて、一路、桧原邸へと飛び立つ。
浩一郎は無言のまま彼女の姿が見えなくなるまで見送った。いったい何が起こったのかは予想がつかないが、彼女があれほど慌てるのはただ事ではないのだろう。
浩一郎は一人、考えながら目の前で『意識を失っている良弘』を見た。
こうしていると魂が入っていないとは見えない。ただ眠っているだけ・・・気を失っているだけに見える。
彼はそんな良弘の身体を少し起こして体調を見るような振りをした後、保健室に連れて行くために脇の下に自分の肩を入れた。
前に運んだときも思ったが自分よりも約十センチは高い身体は大層、担ぎにくい。さらに思ったよりも筋肉質でがっしりとした体格が、より運び悪さを手助けしている。
「なんだ、桧原の奴、また倒れたのか?」
四苦八苦している浩一郎を見かねたクラスメイトの一人が声を掛けると、彼は珍しく驚いた表情でこちらを見た。
「ああ、だから保健室に運ぼうと思って・・・な」
何とか気を落ち着かせて浩一郎が答えると、彼は「そうか」と納得し運ぶのを助けるために逆サイドから良弘の身体を支えてくれる。体制的に運びやすくなった彼らは自習している人たちに迷惑を掛けぬよう静かにその場を後にした。
辿り付いた時、ちょうど保健医は外出していた。
彼らは適当なベッドに良弘を寝転がらせるとはぁぁっと一息ついた。
やはり、重たかった。体が未だびしびし言っている気がする。運ぶのを手伝ってくれたクラスメイトも同様に疲れたのか、肩を回しながら息を整えている。
「ありがとう、手伝ってくれて」
受験の真っ只中、自分以外の者のことなど気に掛けないようにしろとまで言われるこの状況でこういう親切はありがたい。
「倒れる瞬間も見てたし・・・大変そうだったから」
体育会系の彼はどうやらその様子を見たら、放って置けなかったない性質らしい。
ただ浩一郎はその言葉に少し気がかりを覚えた。
良弘が倒れた瞬間、教室内には沢山の人がいた。紅く染まる光、あれを見ている人間もいるかもしれない。
もちろん、この目の前の人物も・・・
急に考え込んだ浩一郎ににきびの目立つ少年は目をぱちくりさせている。
「倒れる瞬間、見てたのか?」
「はぁ?」
それがどうしたのかと言いたげに彼は眉を顰めた。それから何かを思い出したのかぽんっと手を叩く。
「桧原が乙女みたいに倒れるのを浩一郎が王子様然として助けるのはみてたぜ」
おおよそ見当違いの答えを出した彼に、浩一郎は確信をついた質問をした。
「あの時、夕方みたいに教室が赤くならなかったか?」
かなり踏み込んだ質問をした浩一郎に、眉の皺を深くした少年は「大丈夫か?」と逆に質問をしてきた。
「受験ノイローゼか?でも松前だったらどこの大学だって、入れるだろ。ってこういう言い方がプレッシャーを与えていけないっていってたっけ」
どうやら受験の重圧により頭の螺子が飛んだと思われたらしい。
「なんだったらお前も休んでけよ」
と温かい忠告までくれる。
(普通の人には、見えない?)
誰の目にもはっきりと見えたと思った光は、焔や真帆のような桧原の人間にしか見えない光だったようだ。
それがどうして自分の目にはっきりと捕らえれたのかは未だ判明がつかない。
(御札代わりだっていってたのと一緒か?)
つまりはまだどんな能力があるのか不明だが、自分も彼らと同様不思議な能力を持っている可能性が出てきたようだ。
「それじゃ、俺、部活に顔を出して帰るから・・・お前は?」
休憩を終えた彼の言葉に、そういえば彼がスポーツ特待で大学への切符を手に入れていることを思い出した。
だからこそ他の人とは違い、周りを見る余裕があったのだろう。
「俺は良弘についてるよ・・・目が覚めたら付き添って帰るつもりだ」
浩一郎の答えに、彼はにかっと笑うと「それじゃ、後で鞄だけ届けてやるよ」と言い残して保健室を出て行った。
浩一郎、四苦八苦するの巻。やはり10cmの体格差のある人間を運ぶのは難しいと思います。その前に誰か、担架もってきてやれよ。
今回のおいしい所どりは名もなきクラスメイトです。かわいそうなので那奈司健平と命名します。