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第3話:妹の決意

 学生服のボタンをきちんと止めながら、良弘は何度めかの溜息をついた。

 不甲斐ふがいない兄だと思う。

 本来、護らなければならない筈の妹にの言葉で命をつなげられ、彼女を拘束するための鎖として生きながらえる姿はひどく滑稽だった。

 しかし今の自分にはどうすることもできない。

 いくら武道で身体を鍛えても、『檜原の炎』にあらがう術を自分は持たない。

 もう幾度と無くくわえられた私的な制裁により、この3年間で良弘は自分の無力さを身体で憶えさせられていた。

「良弘さん、起きてる?」

 扉が少し開き、ひょこっと少女が顔をだした。

 母親似の整った顔、檜原直系の証である紅い瞳、良弘の双子の妹・真帆である。

 良弘とは余りにて以内風貌の少女は、真っ直ぐに伸びた栗色の髪を後ろに一つに束ねていた。

 その顔には今の苦難の状態を感じさせないような明るい笑みが浮かんでいる。

「起きてます。どうしたのですか?こんな早い時間にこちらへ来る事をよく許して貰えましたね」

 机の脇の鞄を手に取りながら、彼は妹に問いかけた。

 真帆は急いで部屋に入ると、内鍵を掛け、良弘の腕を捕まえて部屋の奥まで引っ張っていく。

「話したい事があったの。いい?」

 真剣な顔で問いかけてくる妹に良弘は首を傾げる。

「改まってどうしました?」

 子供の頃から変わらない丁寧な口調───優しい目をした双子の兄。だがこの家に来てからは大好きな彼の顔も時々しか見る事が出来なくなっていた。

 三月が来て高校を卒業すれば、彼は大学進学のために遠くに行かされるだろう。

 いや、まだそれならばいいが、真帆を家に縛り付けるために、今以上に拘束される可能性の方が高い。

 その前にどうしても彼女にはしなければいけないことがある。

「困った事があるのならば遠慮せずに言ってください」

 問いかけてくる良弘に真帆は決意したように顔をあげた。

 随分と上の方にある兄の瞳に視線を合わせると

「私は、卒業式の後、家を出るわ」

と決意を口にした。目を見開く良弘に真帆は更に言葉を重ねる。

「もちろん、良弘さんも香帆も一緒にでましょう。それ以外にこの家を離れる機会などないわ」

 妹の急な申し出に良弘は酷く狼狽した。

 いずれは兄妹3人で家を出たいと思っていた。

 しかし今の状態ではだめだ。家を出たところで彼らには生活基盤はなく、遠くへ逃げるための資金もない。

「しかし───」

「わかってるわ、でも・・・」

 そこで真帆は言葉を切り、良弘の手をぎゅっと握りしめた。

「私、恋人いるの・・・」

 瞬時に良弘の顔が凍る。その言葉の重みが一気にかかってくる。

「その人、ついこの間、ご両親を亡くされて・・・親戚のもとに行く事になったの。大学もそっちに進むことが決まってるわ。

 向こうの親戚も彼が私の事を伝えたら、喜んでくれて遺産となる家に彼と私と彼の妹とで住めばいいって・・・」

 真帆が内緒で話に来るということは、『彼』は『檜原』の人間でないことはもちろん名家の跡取りや家柄のある子息でもないのだろう。

「私は、彼に付いていきたいの・・・無茶を言っているのはわかってる。

でも私たちはあの『十五才の子供たち』のままじゃない。策を弄して、きちんと対応すれば逃げられると思うの」

 必至に訴える真帆の姿が三年前の自分と重なった。

 十五歳の良弘は自分一人で妹たちを守れると過信していた。大人の力を借りなくても・・・そしてその傲慢な誤解が自分の現状を作り上げた。

 たった三年でどれほど自分たちは成長できたのだろうか。

 逃げるための強かさや、出し抜くための狡猾さ、対抗するための知識を自分たちは身につけたのだろうか。

 視線を動かすと、じっと自分を見つめている真帆と目があった。彼女は懇願するように自分の答えを待っている。

 本来ならば許されない二人きりの会見を得るために、彼女はどれだけの危険をくぐり抜け、どれほどの条件を飲んだのだろう。

 それを考えるだけでも胸が苦しい。

「すぐには・・・すぐには答えが出せません。考える猶予を与えてください。

でも、兄として必ずあなたの心を護ると約束します」

 了承ではないがそれに近い形での解答を得たことで、真帆は少しだけ視線を和らげた。

「時間は大丈夫ですか?」

「ええ、もう行くわ」

 笑顔で出ていく妹の後ろ姿を良弘は心配そうに見守った。閉じられたドアの重みが自分の方に乗っているすべてのものを具現化している様だ。

 彼はもう一度深い深い溜息をつき、学校へ行くために部屋を出た。

良弘、妹の決意に大いに悩むの巻でした。

取り敢えず、序盤終了です。

明日から2連休、いったん小説の更新がとまります。

次の投稿は月曜日です。

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