第37話:会議の終わり、作戦の始まり
「彼らも『良弘』が無事な事を不審がっているはずだ。何かのアプローチがあったら心を動揺させてくれ。
それにしても、本当にいいのか?心を開けっ放しだと俺にすべての思考が伝わっちまうけど」
連絡手段を確保したことで安心した真帆に焔は再度、確認の言葉を発した。
真帆はそんな彼女に親愛の情を覚えた。自分のことなどそこまで心配することなどないのにとも思う。
そして自分が感じている以上に、彼らに気を許していることに気付いた。出会ったばかりだというのに珍しい。
とめどもなく考えながら時計を見るとすでに9時を回っていた。
この部屋に来たのが7時前だったからすでに2時間以上話していたことになる。
「・・・これ以上長引くと踏み込まれるわね」
浩一郎がいる以上そんな暴挙には出ないと思うが、能力による結界に気付かれて不審に思い乗り込んで来る可能性は否めない。
「それじゃ結界を外すか」
焔の号令で真帆は目をすがめ無表情の仮面をつけ、浩一郎は優雅な笑顔を作った。それが彼らが周りを欺くための鎧だった。
「最後に真帆も浩一郎も無茶な真似は絶対にするなよ」
二人が婚約がどうのと言っていたことを思い出し、焔はもう一度念を押した。
「お前らが傷つくことは絶対に・・・」
更に言い募ろうとする焔の口の前に指を一本立てることで真帆は言葉を遮る。
その顔は普通の女子高生の顔に戻り、優しい兄の体を借りている心配性の姉へと慈しみの笑みを送る。
「危険なことも、無茶なことも、するのはあなたの方でしょ?私の心配よりも自分の体と心の心配をしてちょうだい」
焔のことだ、そんなことを言わなくても『良弘の体』は守るだろう。だが、心への攻撃はそのまま受け止めて、傷ついていきそうで心配だった。
「ああ、良弘の体だ。命に代えても守るさ」
然程深読みもせず、満面の笑みで答えた焔はゆっくりと手を上げた。
その仕草に二人が居住まいを正すと同時に指がぱちんっと鳴らされた。
瞬間、肌に伝わるかすかな衝撃、決壊によって止まっていた風が動き始める。
「とても楽しいお話、そして貴重な時間をありがとうございました」
真帆は浩一郎に向かい儀礼的に挨拶をすると徐に立ち上がった。
浩一郎は「こちらのほうこそ」と言いながら立ち上がると彼女の前にすぅっと手を差し出す。その手馴れた行動に彼女はにこりと笑って答える。
重厚そうな扉を浩一郎が開けると外から大量の夜気が部屋へと流入する。冬場特有の冷たい風が、彼らをつつんだ。
「夜分遅くまで引き止めてしまい申し訳なかったですね」
浩一郎が部屋の外で待っていた侍従達に言うと、彼らは慌てて「そのようなことは・・・」と否定する。
彼はそれを横目で見ながら真帆の手をもう一度とると小さく手の甲にキスを落とした。
「今日は本当に貴重な時間をありがとう」
「いいえ、私の方こそ友人二人水入らずの席に勝手に乗り込んでしまい長い間居座ってしまったことお詫びします」
型どおりの挨拶をすると真帆は浩一郎の後ろに佇む『兄』にも「おやすみなさい」と挨拶をした。『良弘』も同じように返すと、彼女は満足そうに微笑んだ。
穏やかな兄弟の別れを済ませた彼女はすぐにすっと表情を引き締めた。真帆は控えていた人間たちに最後の一瞥を加えると母屋へと続く通路を音もなく歩き出す。
静々と進む彼女の後ろに浩一郎との対話の様子を聞きだすために控えていた親族や真帆の見張り役と思しき侍従たち、彼らの世話をする侍女たちが付き従う。
「異様な光景だな」
浩一郎の耳にだけ届くような低く小さな呟きに、浩一郎は無言で頷く。
彼女の姿が廊下の向こうに消えるのを確認してから、彼らは部屋を外界と隔離するための扉を閉めた。
真帆、大奥・・・の巻。この場合、真帆は将軍なのか春日の局なのかは微妙ですが・・・
結界がはずされ、いよいよ作戦が開始です。とりあえずやっと第二部までが終了。ここまでは前書いた文章を大分カットする場所があって短くできたけど、これ以降はプラスプラスしていかなくてはいけないので、終了地点が読めません。とりあえず100話前に終わらせたいというところです。