第32話:誘拐の理由
まず彼らは真帆に簡単な事情の説明をした。
最初は穏やかに聞いていた真帆だったが、誘拐の話に差し掛かるとさすがに顔色をかえた。
「じゃあ、貴女の目の前で良弘さんの魂はさらわれたの?」
ひっくり帰りそうになる声を真帆は懸命に堪えながら衝撃的な事実の確認をしていく。
喉がやけに渇く。胸がまるで剣に刺されたみたいに痛い。
焔は真帆と同じく・・・いや真帆以上に辛いのか、彼女の言葉に小さく肯くだけだ。
「どうして良弘を浚ったのか、その前にどうやって俺の存在を知り、目覚めさせようと手を打ったのかさっぱり解からない。良弘も『やられた』っていっていた。
ただ誘拐した奴はこの家でも有数な術者のはずだ。その上良弘に対して、ただならぬ憎悪を持ってる。そこらの事情を踏まえて、犯人に該当する人物に心当たりはないか?」
真帆は唇に手を当てて、自分の記憶を思い出せるだけ細かく探った。
自分の目で見せられたものだけではなく、耳に入ってくる噂話も全部思い出す。
「強い術者でまず一番にあげられるのは最年長の長老である荒井だわ。その次に金田だと聞いてる。逆に財力で地位を気づいたといわれる柏原などはあまり術の扱いが上手でないといわれているけど・・・すべて噂でしかないわ」
この家に来たときに荒井と金田の能力を見せてもらったが、さすがに術者たちの長的存在だというだけはあって確かに香帆にも匹敵する能力が感じられた。
しかし他の人物たちの能力を少しも見ていない状況では残りの人間に対してはっきりと断言することなど出来ない。
「あなたでは何かわからない?能力の色とかで判別できる人もいるってきくけど」
真帆の指摘に焔は口を尖らせた。
「俺は良弘がこの家に来る前からずぅっと眠っていたから・・・・浚った奴のオーラがわかってもそれが誰なのかがわからない。良弘の格好だと『お目通り』も難しいみたいだし、変に藪をつついて誘拐犯じゃない奴にまで俺が良弘じゃないとばれるのは得策じゃない」
二人は同時に大きなため息をついた。3人寄れば文殊の知恵とも言うが、これでは浩一郎と二人だけだった時の堂々巡りと余り変わらない。
特に『良弘が浚われる理由』という点が一番難しい。考え込んでしまった二人、浩一郎は一つ咳払いをした。
「良弘の浚われた理由だけなら俺でもわかるよ」
弾かれたように二対の瞳が浩一郎へと向けられる。
彼は困ったように口元を隠しながら、二人の顔を順番に見た。焔・・・・そして、真帆の上で視線を止める。
「君は一週間前に、何の相談をした?」
その一言に真帆は愕然とした。焔も虚を突かれたように目を丸くする。
(だって・・・あの時も鍵を掛けて・・・)
真帆はそう思ったが、それが間違いだと気づく。
焔は先ほど炎の結界を張る程、周りを警戒していた。ここの扉がどれだけ防音がよかろうとも炎の能力を如何ようかに使い話を聞くことができる術者がいないとは限らないのだ。
もし自分が常にそんな人物の監視下にあったら、良弘との会話など聞き放題だったはずだ。
「私の・・・せいだ」
顔色を失った真帆は二人の青年の顔を交互に見た。
自分の言葉のせいで打ち拉がれている彼女にどのような言葉を掛けていいのかまよっている浩一郎。
何事かを真剣に考え込み始めた焔。
その二人の様子が自分のしたことを更に責めているようにも見えた。
「私が、あんなこと軽々しく相談したから」
声を上ずらせながら、真帆は自分を責めていく。泣き喚くような醜態は見せないが、彼女の受けた衝撃の大きさを示していた。
「だからといって、ひけないだろう。ここで真帆が家をでるのをやめたら、相手の思う壺だ」
焔は自分を責め、囚われる道をまた選択しようとしている妹を厳しい口調で諌めた。
「落ち込んでいるのもいいけど、やれることはやっておいた方がいい。俺も焔も真帆ちゃんには協力するって決めてるから」
卒業までの時間はもう余り残っていない。
それならとりあえず目の前にある問題だけでも解決して、良弘の救出後に支障が出ないようにしなければ成らない。
「捕まったら、今以上に酷い目にあわされるわ」
「それなら捕まえるための力を削げばいい」
真帆の言葉に浩一郎は被せるように断言した。
浩一郎、真帆をいじめる(?)の巻・・・それにしてもこんな単純なことに気づかない焔と真帆に問題があるんですけどね。ただ彼らもその事が原因だと薄々理解しつつも、心のどこかでそれであって欲しくないと思っていたのかもしれません。