第31話:作戦会議の始まり
彼女の呼びかけに彼は静かに振り返る。
「いらっしゃい、真帆」
笑った顔は、確かに兄の顔だ。
男の人にしてはさらさらな黒髪も、少しだけの赤が入った穏やかな黒い瞳も、モデルとしても通じそうな美しい顔も、すべては兄の持ち物だ。
「浩一郎、あなたが呼んだのですから、あなたが真帆をこちらに連れてきてください」
「はいよ」
浩一郎と呼ばれた良弘の級友は優雅な動きで立ち上がると真帆のすぐ傍まで来た。
この人も兄と同じぐらい綺麗な人だ。
薄茶色の髪、大地の恵みを思わせる深い茶色の瞳。パーティなどの場所ではきっと注目されるだろうその容姿の中に頂点に立つものとしての風格も持っている。
「はじめまして、良弘の級友で・・・親友の松前浩一郎です」
「良弘の妹で真帆と申します。あなたが良弘さんの友人であることは香帆から聞いています」
呆然としながらもなんとか挨拶を返した真帆に、彼は高校生らしい笑顔で応えると彼女の手を引いてテーブルまでエスコートしてくれる。その中で、彼女は浩一郎の顔を見ず、ただただ兄の姿を観察していた。
近づけば、近づくほど『彼』の違和感は大きくなる。やっぱり、違う・・・真帆は確信を持って彼に問いかけた。
「あなた、誰?」
家の人間は誰もが騙されてくれたが、さすがに実の妹の目はごまかすことなどできない。
彼女は浩一郎に差し出していた手を振り払うと、表情を凍らせて扉の前まで移動する。彼らに後ろを見せないように攻撃態勢に入る彼女に、彼は諦めたように・・・しかし何処か満足そうに息を吐いた。
「さすがにわからないはずがないか」
途端に彼は今までの表情を変える。真帆をも凌駕する炎の気配が彼の内側から見て取れる。
「はじめまして、というべきかな。俺は桧原焔。良弘の体に曲がりさせて貰っている魂だ」
大人びた良弘とは違い、どことなく幼い少年のような挨拶に真帆の警戒が少し薄れる。
彼女はドアからテーブルへと移動すると彼の顔をまじまじと見た。
「焔という名前は知っているわ。私と良弘さんと同時に生まれてきた女の子・・・確か、最初に出てきたのに産声を上げなかったって・・・」
「そう、それが俺・・・・って真帆は俺のこと知っていたのか?」
真帆の意外な言葉に焔は驚いたように彼女を見上げた。
良弘ですら知らなかったことを彼女が知るはずないと思っていたのだ。
真帆は純粋に驚いた表情でこちらを見てくる焔に純粋に瞠目する。こうしてみると彼女は自分たちよりもずっと幼い存在に見える。それは世界というものに中々触れることのできなかった彼女の状態のせいかのかもしれない。
真帆はふと思考を止めると、目の前にいる『良弘』が良弘ではないと気づいたときよりも表情を曇らせた。
「良弘さんに、いったい何があったの?」
焔が良弘の体を使っているというだけで下したとは思えない判断に、浩一郎ですら目を丸くした。
「父さんは良弘さんに何か有ったときにしか貴女は出てこないだろうって言っていたわ。
つまり、焔・・・貴方がここに出てきているということは、良弘さんに何かがあったって事でしょう」
自分がその判断に行き着いた理由を手短に述べた真帆に、焔は首肯で返す。
「あぁ、確かに、ぐだぐだと挨拶している時間もおしいぐらいに問題が起きている」
今度は焔が椅子から立ち上がり扉へと向かった。彼女は手を扉の前に翳すと小さく歌うように呪文を唱える。声に呼応した炎が焔の体を赤く燃え上がらせ、部屋を光で充満させた。
いやこの光は現実のものではない。強力な術者だけが持つオーラの輝きが、一般の人にも見えるほど大きく光っているのだ。
「いくら防音性がいいと言っても用心に越したことはないからな」
音を遮断する結界を張り終えた焔の姿を真帆は畏怖の念を抱きながら見ていた。
彼女が今、示した能力はこの家でも最高ランクのものだろう。歴代随一といわれた良弘たちの父をも凌ぐほどの能力である可能性も高い。
結界を張るときに・・・能力を発揮するときに見せた赤い瞳など、自分たちみたいな中途半端な赤茶色などではなく、純粋な紅色だった。
「では、本題に入ろうか」
焔は軽い足取りで自分の元いた席へと戻る。真帆も覚悟を決めると空いている席に腰を下ろして二人の青年を見つめた。
真帆、見破る・・・!の巻き。
どうやら焔が良弘の真似をしてもすぐに見破られてしまうみたいです。真似が下手なのか、見破る人間がすごいのかは想像におまかせます。