第28話:権力を持つ者
「今日は、お父上の御用か何かでこちらへ?」
畏まった態度で尋ねてくる男に浩一郎は視線を動かし、屋敷の奥にある良弘の部屋を示す。
「ここは私の友人の家でもあるんですよ・・・と、言ってもこのように母屋側に来るのは初めてですけどね」
浩一郎の視線の先にある『部屋』を思い出し、前嶋はぎくりと肩を震わせた。
あんなところにこの青年を通していたことが政財界等に聞かれたら、桧原家・・・ひいては自分がまずい立場になりかねない。
「それは、気づきませんでした。浩一郎様が良弘様と面識がおありですとは・・・」
「ええ、無二の親友ですよ・・・彼が許可をくれれば、俺の腹心として当家に迎えたいぐらいです」
上ずる声を押さえながら探りを入れてきた前嶋に、浩一郎は普段は見せない威圧感を含んだ笑顔で彼に軽く答える。
その態度には一部の隙もなく、頂点で降臨するものの威厳すら兼ね備えている。
「そ・・・それは、それは当家としても行幸な話しですな。それにしても、度々見えられているのならもっと早くお会いできても不思議ではないはずですのに・・・」
前嶋の発言に案内役の女の方が少しだけ揺れた。彼女は彼が母屋への出入りを許されていないことを知っている。
つまり桧原は前嶋が媚び諂うような相手を邪険に扱っていたと露呈することになる。
そんな彼女の心を見透かしているのか、浩一郎は一度彼女を見、そしてにやりと笑いながら前嶋の動向を見守る。
「私を正面からあげなかった家は初めてですよ・・・桧原の関係者はどうやら『松前』という力を軽んじているようですね」
松前家の嫡子として冷たい顔。絶対に焔にも良弘にも見せない表情で、彼は百戦錬磨のはずの企業家たちを相手にする。
冷たい視線を受けた前嶋は、戦々恐々と次に続く言葉を待つ。
なんとか自分の保身をしなくてはならない。いざとなったら桧原との関係を切ることも考えなくてはいけない。
「桧原の方も、軽んじている相手から融資を受けるのも剛腹でしょう?これから先の融資は気をつけるように親族一同に伝えておきますよ」
浩一郎の最後通牒に前嶋はこれ以上にないぐらい顔を青くさせた。
そして自分を案内していた女や取り巻きの一部の桧原の従者に声高に問いただす。
「君っ!ここの本家ではいったい、この方にどのような態度で接しているのだねっ!」
急に激昂した前嶋に回りは慌てた。
彼の顔が紅潮し、目をぎんと光らせているさまは衝撃的だった。
第一、ただ単なる良弘の級友として無碍に扱ってきた相手に、桧原でも五指の財を持つ男が謙るなどと誰も想像すらしていなかったのだ。
「あの・・・いえ。あ・・・この方はどのような・・・」
混乱している案内役の女を前嶋は鼻先で笑うと、彼を見つけたことが自分の功績であるかのように胸を張って答える。
「松前という苗字で解かるだろう。彼はあの日本の財政界のトップ松前家の、それも本家当主のご嫡男だ・・・そのような重要な方を無碍に扱うとは・・・」
「そんな・・・・」
女は真っ青な顔をして口を押さえた。周りの人間も畏怖する視線を浩一郎に向ける。
経済のことに詳しくない人間でも知っている日本の政財界のトップ『松前良太郎』・・・そして彼が支配する一族『松前家』、『松前財閥』。その恐ろしさは、彼やその一族を敵に回した者の末路と一緒に知れ渡っている。
「前嶋さま、そんな風に語られると恥ずかしいですよ」
自分の思ったとおりの情報の提示と、家の人間の態度の変化に満足した浩一郎に前嶋はまだ言い足りないように女を睨みつける。
「あなたの心遣いには感謝します。このことは父にも報告させていただきますよ」
「痛み入ります」
機嫌を直してもらえたと喜んでいる彼に、浩一郎は自分の考えた作戦の半分を終わらせたことを認識する。
あとは最後の手を打てばいいだけだ。
「それでは、良弘が待っていると思うので・・・食事の方よろしくおねがいしますね」
「は、はい。承りました」
今度は優しくお願いをして、まだ何か話したそうにしている前嶋の前で踵を返した浩一郎は、数歩歩いた場所で立ち止まるともう一度だけ彼に振り返る。
「そういえば、前嶋さまはこちらの御当主にお会いしたことはありますか?」
彼は急に何事かと訝しむ表情をしたが、それを顔に出さずに浩一郎の問いに受け答える。
「真帆様ですね。もちろんあります」
その答えに満足したように浩一郎は笑うと
「なかなかの美人だと聞いているので、良弘に逢わせてくれないかと頼んでいるのですが・・・・どうです?噂どおりに美しい方ですか?」
と軽い口調で尋ねてきた。
急に見せた高校生らしい一面に、前島は少しだけ胸を撫で下ろした。そしてその質問が持っている意味を読み、口角を上げてみせる。
「ええ、もちろんお美しい方ですよ。今からお会いする予定があるのでその時に松前さまのご希望を伝えておきます」
「ありがとうございます」
作戦の終了を完璧につくった優雅な笑みで締めくくると、浩一郎は「では・・・」と短く挨拶をしてその場を颯爽と去っていった。
浩一郎、暴れ●坊将軍あるいは水●黄門になるの巻、もしくは浩一郎の華●なる一族の巻でした。
浩一郎は顔だけで三つ葉葵のご紋となるみたいです。
白石は敬語というものが苦手です。今回の部分は謙譲語・尊敬語などが出てきたのでセリフ部分に時間がかかりました。っていうか敬語ってなに?食べられるの?という感じでしたね。
ちなみに打ち込んでいる間中、頭の中に『ああ人生●涙あり』(黄●様のテーマ)が流れていました。