第27話:画策する邂逅
浩一郎の提案に焔は真剣な顔で否を唱える。
「どちらにしろ、そんな危険な賭けさせられるか」
そんなことをさせるために協力を依頼したのではない。彼がすべきことは高校生活を普通に送るためのフォローだけなのだ。
しかし浩一郎はにやり、と笑いながら「本当にわかってないな」と呟く。
「なんで、俺がこんな小さな胸糞の悪い家に通っていたと思う?
どんなところに目があるか解からない状況でそんなことをすれば噂は広がり始める。あいつだって、俺がこの家に通っていることを知ったから来た可能性もある。俺の名前の影響力はそれぐらい当然だから」
何も考えなしに行動したりしない。いつでも策を張りながら行動するのは浩一郎にとって小さい頃から義務付けられたことだった。
「お前・・・」
自分に付き添う形でこの家に上がりこむのにそんな事まで考えていたとは思わなかった。
こんな考えがあるなら絶対に高校の中だけの付き合いにしておいた。
策を相手に気取られず実行できるほどの狡猾さが浩一郎にあるとは思わなかったのだ。
「時間も、余裕もない・・・・策もない状況なんだ。俺が何かをやってもいいだろ?」
浩一郎はそういうと痛い視線を投げかけてくる焔を無視し、厚い扉へと向かう。少し押し隙間を作り、外を確認してみるがやはりいつもの通り見張りはいない。
「じゃあ、行ってくるな」
「浩一郎っ!」
非難の声をあげる焔を無情にも降りきり、浩一郎は部屋の外へと歩みを踏み出した。
部屋を出た浩一郎はまず母屋へ続く廊下を渡りきる。
渡りきった先では、時折何人かの人の気配が扉の前を通っていた。
浩一郎は息を潜めて人の気配が途切れるのを待ち、慎重に母屋に侵入した。
誰もいないのを確認してからいつも通る裏の出口に向かう通路とは逆に歩みを進める。使用人が行き交う廊下をスパイさながらの動きですり抜けると、浩一郎は初めて母屋の表側に当たる部分に出ることが出来た。
「うわぁ・・・」
始めて見る屋敷の客用の廊下に浩一郎は声をあげた。
はっきり言って成金趣味もここまで来るのか思うほど統一性のない骨董品や装飾品の数々が屋敷の内部を飾っている。それも所々偽者も混ざっている始末だ。
金色を主体とした落ち着かない感じのその家屋は、浩一郎の美意識の中ではありえない部類のものだ。元はきちんとした日本家屋だった片鱗は見えるが、家を扱うものが変わるとここまで悪趣味になるのだろうかと思うほどである。
浩一郎が装飾を眺めながら歩いていると廊下の向こうからがやがやという声と歩く音が聞こえてきた。
彼はにやりと笑うと、今度は隠れずにその一団が来るのを待った。
一番最初に彼の存在に気づいたのは客人を先導していたメイドだった。
彼女は眉をギリリと上げると静かに浩一郎に近づき、「良弘様の部屋のみの出入りしか許可していないはずです」と邪険に追い払おうととした。
「ちょっと食べるものが欲しくてね・・・歩いていても誰にも会わないし迷い歩いている間にこんな所にまで出てしまったよ」
白々しく言い訳する彼に彼女は「そうですか」といいつつ、目線で良弘の部屋に戻るように命令してくる。
「浩一郎様・・・浩一郎様ではありませんか」
声に視線を向けると浩一郎がターゲットとして決めていた男が大慌てで自分を呼び止めようとする姿が目に入った。
非常にいいタイミングだったことに内心ほくそえみながら、浩一郎はパーティとかで見せる威厳ある笑みで彼に答える。
「たしか、前嶋さまでしたね。お久しぶりです」
軽く会釈をしてやると男は急いで自分の元に歩み寄り深深と頭を下げた。
「こちらの方こそ・・・名前を覚えていてくださり光栄です」
前嶋の態度に驚いたのは案内役の女と前嶋の取り巻き達であった。
彼は桧原でも最近伸びつつある企業の担い手である。なかなかの実力者ではあるが、それゆえ高慢知己な部分が多く、自分より少しでも目下の者には自分から声をかけるなどということは決してしない男であった。
それがこんな社会にもでていないような青年に対して媚びるように笑い、腰の低い応対をしていることに、彼らは衝撃を覚えた。
浩一郎、腹黒さ全開の巻(前編)でした。
いったいどこの悪役ですかってぐらい画策しています。小さい頃から誘拐とかの危険性があったので、気配を消すことや人に見つからないように行動することが得意になったようです。