第25話:封印の理由
「どうしてそう、思うんだ」
焔の問いかけに浩一郎は右手を出し指を一本立てた。
「まずは香帆ちゃんが、良弘のことを『誰よりも炎に愛されている人』だといっていたこと」
それだけなら、香帆が焔と良弘を混同している可能性も考えられる。
「それから良弘の瞳の色が変化していたこと・・・焔が良弘の第二の人格じゃないとしたら、あれはもともと良弘が持っていたものになる。つまり、あいつは炎を使える・・・それも焔と同等、それ以上に。純粋な赤だったってことは、能力も並じゃないってことじゃないの?」
鋭いところをついてくる、と焔は思った。余りにもおちゃらけた雰囲気をもっていたからもっと考えがないやつかと思っていたが、もしかしたら普通以上の切れ者かもしれない。
「炎の能力を封印なんてすることをこの家の人間は思いつかないだろう。炎に便り、それだけを使い生きている人間がその能力を無くさせることなんて善しとしないはずだ・・・つまりそれを行ったのは良弘の両親だってことになる。
そして・・・誰よりも炎に愛されている良弘の能力を封じたがゆえに、彼らは炎の力を失った」
浩一郎の予測に、焔は一つ息を吐くと仰向けに寝転がった。
今は自分が借りて動かしている良弘の手は、あの時もっともっと小さかった。何かを求めるように天に伸ばした手の甲を見ながら、彼女はじっと考え込んでいた。
「良弘の能力は俺以上にある。桧原が・・・いや人間が持つものとしても別格だ。そんな能力を子供が持っていていいはずがない。
実際、良弘の周りでは何も火の気のない空間でいろんなところが焼け焦げるなんてざらだった。普通の親だったらその事で戦き、実の息子だろうと排除しようとする。
だけど父さんと母さんには桧原の能力があった。二人は決心して、良弘の能力を封じた。彼が異端視されないように、そして桧原に捕まった時の予防線のために」
焔の言葉に、浩一郎がはっと顔を上げた。彼が思いついたことが正しいというように焔はこくんと肯いてみせた。
妹との近親相姦ーーーーーそんなことを強制するほどこの家は病んでいるのか。浩一郎は改めて戦慄した。
「でも、そんなこと良弘も、妹さんも望まないんじゃないか?」
喘ぐように言葉を発した浩一郎に、彼女は苦笑いをする。
「両方に媚薬でも嗅がせて、一つの部屋に押し込めとけば成立するさ。良弘はずっとその中に入れられて次々と女をあてがわれるかもしれない。言うことを聞かない当主ならば、適当に子供を作りその中で能力が高いものを自分たちの言うことを聞く当主に育て・・・」
焔が紡ぎつづけようとする言葉を浩一郎は掌で口を塞ぐことで遮った。
気分が悪かった。
気持ち悪かった。
人を人だと思わないこの家の人間の考え方が・・・そしてそのことに一番傷ついている焔が、言葉を紡ぐたびに更にその傷を開いているようで見ていられなかった。
「もういい・・・だいたい解かった」
真剣な眼差しで制する浩一郎に焔は悲しそうに笑う。そんな辛そうな顔をさせ続けたくなくて浩一郎は話題をかえた。
「とりあえず、すぐに良弘奪還の行動を起こすのか?」
焔は、口元に人差し指をつけ「んーっ」と考え込む。
「真帆のことが気になるから、そっちの様子を聞いてからかな」
今、手元にある情報だけでは手札が足りない。切り札ともなりえる何かを見つけなければ、良弘の奪還と真帆の駆け落ち、二つの事柄を上手くクリアすることなどできないだろう。
まず一番の当事者である真帆と話をしなければならない。
それまではこの『良弘』が良弘ではないことを何としても隠しとおさねばならない。
「とにかく、高校でのフォローをよろしく頼むな」
明るい笑顔で言う、焔に浩一郎は口を尖らせながら
「もっと役目が欲しいんですけど?」
と進言してみる。
しかし彼女は耳を塞ぐと「俺は、そんなの聞かない」という姿勢を崩さない。
「そんじゃ情報分析ぐらいはするから、この家の人間関係とか焔のわかる範囲で説明してくれよ」
随分と手早く引っ込んだ浩一郎に少しだけ違和感を感じつつも、焔は全部否定して勝手に行動されるよりましかと渋々納得する。
「それじゃあ、良弘の学校での行動を覚えている範囲で全部教えてくれよ」
交換条件とばかりに提案した焔に、浩一郎は素直に諾の返事をする。
(事情さえ聞けば、こっちで調べられるからな・・・)
浩一郎の心の中の言葉は焔に悟られることなどなく、彼らは徹夜で互いの情報を交換し合うのだった。
焔の昔語りの巻・・・あるいは良弘、放火するの巻。
幼い良弘は自然発火しまくりのはた迷惑な子供です。
とりあえず、ここで第1章が終わりました。
端折った部分と付け加えた部分・・・いろいろと前書いた状態より変化はしています。
一番の変化は浩一郎の頭がぐっとよくなり、焔の頭が少し馬鹿になった所かもしれません。