第23話:誘拐された良弘
焔は眉根に皺を寄せ、声に怒りを滲ませながら話しつづける。
「誘拐したのは、この家の連中だろう。すでに人間ではないような独特の匂いをさせてた。すごく禍禍しくい感じで、あれは絶対に相当な術者だ」
潜められた声が事の重大性を物語っていた。
言葉を紡ぐ焔の唇が怒りで震えている。
自分の目の前で良弘を浚われながら、何も出来なかった屈辱に私憤を抱いているのかもしれない。
「良弘は、俺の存在を認めてくれたんだ・・・やっと笑いかけてくれたのに」
きつく握られた拳が悔しさを示している。
浩一郎は目の前で震えている小さな背中をそっと撫でてやる。
「俺は何をすればいい?俺に何をして欲しい?」
横柄な態度を取るくせに何処か繊細で幼い焔を浩一郎は全面的に信じることを選んだ。自分の勘が彼を助けるべきだと告げている・・・ただそれだけの理由で。
「俺が良弘の振りをするためのフォローをして欲しい。俺は余り外に出たことがないから、学校でどう過ごすとか、知らないんだ。良弘が学んだことは頭を探れば判るけど・・・」
「それだけでいいの?」
それは浩一郎にとって至極簡単なことだった。良弘が学校でするのは授業をまじめに出る・自習を黙々とする・他人を無視して読書を続ける・浩一郎と話す以外にあまりない。もともと人付き合いが少ないのだから、人とあまり会話しなければそのままで良弘のイメージは作れる。
「それだけって・・・他に何をやるつもりだったんだよ」
「情報収集とか、資金調達とか、武器補充とか・・・戦車ぐらいなら軽く引っ張ってこれるぞ」
冗談なのか、本気なのかわからない言葉に焔は胡乱な視線を向ける。一介の高校生に戦車を引っ張ってこいと言うぐらい、自分は非常識だと思われているのだろうか。
「そんな余計なことしなくていいからな。お前は学校生活での俺のフォローだけしておいてくれ」
浩一郎の鼻に人差し指をつきつけ、焔は不満そうにしている男に再度告げた。
そんなことをさせればこの家の人間の目が浩一郎に向いてしまう。ほんの少し記憶を垣間見ただけでも知れるぐらい、彼はとてつもない名家の跡取なのだ。それも桧原なんて足元にも及ばないぐらいの経済力を持っている。そのことを知られれば、あの連中は絶対に彼に手を出すと判っている。
とにかく話をそれで終わらせ、焔は中空に手を差し出した。
真っ赤な炎が彼の腕から噴出し、ベッドの上の身体を包みこむ。
焔は目を閉じると朗々と歌を口にした。読経のようであり、賛美歌のような歌・・・・・・声は言葉を紡ぎ、言葉は言霊を生む。言霊は大気を震わせて、炎に力を与える。
紅の光にも見える炎は焔の身体の周りを照らしつつ、強い光へと変化する。
凝縮し、その身体に取り込まれるように炎と光が消えると、よく見知った良弘の身体が現れた。髪は元の黒髪へ、高い身長も厚い胸板も、寸分たがわない大きさへと変化している。
急激に身体を変化させたために起きたいやな骨の軋みがあったが、然程の問題はなく身体を戻すことができた。腕も足も伸びたためぴったりとなった袖口をきちんと伸ばしてから焔はとりあえず自分の考えつく『良弘のポーズ』を決めてみた。
「とりあえず、喋らなければこれで誰も良弘がいないなんて思わないだろ」
無言で腕を組んでいる姿はたしかに普段の良弘とは言えなくもない。だがどこか彼の鋭さがなく逆に炎から生み出される暖かさが表にでてしまっている。
「・・・まあ、親しくないやつだったら騙せるだろうな」
少なくとも自分は、間違えないだろうと浩一郎が告げると、焔は心外そうに口を尖らせた。
「それじゃ、良弘が帰ってきたら、試してみるからな。絶対にお前を騙してやるっ」
余程の自信があるのか、焔はそう息まいて宣言した。
焔、良弘を気取るの巻。
いまだ、浩一郎は焔が女の子だと気づいていません。
ただ自分の好みにばっちり合うなぁとぐらいは思っています。