第1話:ふがいない朝
いつも通りの朝。
目覚めは悪く、起きるのが酷く億劫に感じる。
でもあの夢の中にいることを考えれば起きている方が幾分かましだろう。
あの夢は自分を責めている────親戚を欺くために封じてしまった『彼』がこんな夢を見せているのだ。
争う事を拒み、逃げ続ける自分。そんな自分を『彼』は許せずにいる。
何故、両親を殺した相手に反抗しない。
何故、大切な者を護るために立ち上がらない。
何故、敵対する全ての者を排除しない。
自分の中に眠る凶悪な心を持つ『彼』はずっとそう思っているはずだ。
(解ってはいるのですが・・・・)
いつもの堂々巡り的思考回路に嵌り込んだ彼・檜原良弘は癖になりつつある大きな溜息をついた。
今、良弘がいるのは彼の父親の実家である檜原家の屋敷の中だ。彼は敷地の中でも一番外れに位置する離れに一人で住んでいた。
離れの建物はかつて座敷牢だったようで、壁には窓が無く唯一明かりとり用の天窓だけが存在している。出入り口も一つだけで重い扉で閉ざされており、外から鍵を掛けられると出られないようになっている。その出入り口から続く廊下は隙間無い壁で両側を塞がれた状態で母屋に繋がっており、これが唯一の外界への通路となっていた。
彼はこの家の前当主の嫡子ではあるが、この屋敷内において彼を評価する者は少ない。殆どの者が彼を直系として認めてなかった。
『檜原』は特殊な一族である───
直系に近ければ近いほど不思議な能力を有する。能力者は能力の種類により二つの呼び名を持っていた。
一つは未来予知───これは当主の兄弟または当主自身が持つ能力で、『神子』と呼ばれる。檜原家の財は彼らの働きにより築かれているといっても過言ではない。
もう一つは炎を操る能力─────血筋で有れば多少の違いはあるがすべての人間が持っている能力だ。これは直系に近ければ近いほど強い能力が現れる。そして能力者の中でも強大な能力を持つ者は『術者』と呼ばれ、一族の尊敬を集める存在となる。
だが、良弘はこのどちらにも属さなかった。
未来予知は勿論、一辺たりとも炎を操ることができないのである。
特殊能力を持たない者は一族の中で厄介者の疫病神でしかない。
本来ならば、早々に屋敷から追い出してしまうか秘密裏に殺害してしまいたいのだが、現在の当主であり稀代の神子である良弘の妹・真帆をこの家に縛り付ける人質としてある程度の行動制限のみで仕方なくこの屋敷に捕らえてある。
「情けない・・・・」
呟きは誰にも聞き取られない。ここの防音は自分が一番よく知っている。
自分の左手の甲にある醜い傷───この家に連れてこられた当初に見せしめとしてつけられた傷。バイオリンを扱う音楽家にとっては命とも言われる腱を痛めつけられた。
将来は音楽の道に進もうと考えていた良弘の道を塞いだ、あの忌まわしい出来事。
「考えるのは、よそう」
自分に言い聞かせながら、彼は制服に着替え始めた。
かつて、同人誌にて発行した話です。
100ページ以上の本文・・総ページ数は156ページの本でした。
かなりながい話しになりますが宜しくお願いします。