第18話:謀られた目覚め
どうしてそんな疑問をぶつけられるのかわからない焔に良弘は更に質問を投げかける。
「私を夢の中で呼び、封印を解かせたのはあなたではないのですか?」
「俺を呼んだのは、良弘の方だろう?」
焔は不安そうな顔をしながら目の前の良弘を見上げる。その瞳には嘘は感じられなくて、良弘は小さく舌打ちをした。
「だって、俺は・・・そうじゃなきゃ、目覚めようなんて・・・」
舌打ちを自分に対してされたのだと思った焔は、泣きそうな顔になりながら良弘に縋る。
自分が必要ないというのなら、ずっと寝ているつもりでいた。良弘の心の中の揺り篭の中から二度と出てくるつもりなどなかった。
それが『目を覚まして』という声と、揺り篭に走った衝撃で彼女は意識を浮上させたのだ。
「良弘じゃ、なかったのか?」
絶望に顔を歪めた焔の問いに、良弘は「ええ」と肯定する。
その時になって彼女は目覚める要因になった声や衝撃に対する違和感に気づいた。
寝起きのせいで気づかなかったが、目覚めさせた『声』は作られたように単調だった。衝撃も良弘が本気で自分を目覚めさせようとするなら、もっと緩やかに起こせたはずだ。
焔は自分の愚かさに吐き気を覚えて、口を覆い隠す。
「あなたは、3年前からずっと眠っていたのですか?」
良弘の問いに、焔は小さく肯いた。
「さっき、目覚めるまでは、ずっと。目を閉じて、耳を塞ぎながら寝てた」
外界の情報を遮断していたのは、そうしないと良弘に対する彼らの態度で自分が爆発してしまうと思ったからだ。だから静かに、繭に守られるような揺り篭の中で、じぃっと眠っていた。
精神だけの会話だからだろうか、彼女の眠り姿の映像が、目の前に鮮明に現れた。どうやら焔の言葉に一片の嘘もないらしい。
では、あのガラスから出てきた禍禍しい手の持ち主は誰なのだろう。自分の腕をがっしりと掴み、自分の意識を閉じ込めようとした・・・
そこで良弘はふと気づいて、目の前にいる焔の手をとった。
細い細い指先、子供のような小ささもあり柔らかい。
(違う、この手じゃない)
こんな綺麗な手ではない。第一、あれは男性の手だった。だからこそ現れた焔を最初、男だと思ったのだから。
夢の中で自分を責めていた声も、あれは男の声だ。こんな声じゃない。
「してやられましたね・・・」
良弘は小さく舌打ちをして、自分の偏見を改めて反省した。
とりあえず、彼は目の前で心配そうに見上げてくる焔の肩をその大きな手で包み込むと、自分よりも随分と下にある彼女の視線に自分の視線を合わせた。
「すみません、焔。私は先走りしすぎて、いろいろと誤解をしていたようです。あなたに失礼な言葉と疑いをかけてしまったこと、申し訳なく思います」
良弘の謝罪に、焔はぶんぶんと首を振ると、最初に出てきた時に見せた可愛らしい笑顔で「誤解がとけてよかった」と何度も繰り返した。
「それにあなたは、自分の能力の使い方をきちんとわきまえているようですね・・・あなたの過去が先ほどの会話の中で垣間見えました」
彼女の記憶の中での姿には自分が思い描くような残虐な風景はなかった。自分と同じく持っているあの焼け野原の記憶も、彼女の中では後始末だけしか残っておらず、それを行った時点の記憶が見えなかった。
「記憶が、見えるのか?」
焔は驚いたように良弘の瞳を覗き返す。
「きっとこの空間にいるからでしょうね」
穏やかな笑みで答える彼に、焔は何か反論が浮かんだようだがすぐに言葉を引っ込める。
第一の封印だけでなくそのほかの封印まで取れかけていると知れれば、良弘の精神に悪影響が出る。もし恐慌状態なんかを起こせば、残りの封印まで芋づる式に外れる事可能性が出てくる。
「とにかく、もう二度とあなたを閉じ込めないと誓いますよ」
「いいのか?だって俺、この家のやつをみると押さえが聞かなくなることもあるぞ」
ありがたい申し出だったが、宿主である良弘に迷惑が及ぶことは望ましくない。そのことを心配している焔に、彼はいたずらっぽく提案する。
「能力を使うときは私だとばれないようにやってくださればいいんです。とりあえず、学校のないときなど、あなたがこの体で行動できるようにもしなくてはいけませんね」
目を見開いて、必死に遠慮しようとする焔に、良弘は真帆たちに対するのと同じほどの愛情を感じずにはいられなかった。
良弘、焔といちゃつくの巻でした
焔の慎重設定は168cmぐらいなので、190を越える良弘から見ると小さな女の子にしか見えません。外見年齢は15歳ぐらい、ぱっちり猫目の生意気かわいい系です。