第17話:夢の中の出会い
いつもの夢の中、いつもの闇の中。
だが、今回の夢はいつもとは違う雰囲気が漂っている。
突き刺さるような凶暴な悪意はどこからも感じられず、焦燥感も威圧感も一切ない。
第一、毎度のように出てくる無数の赤黒い手が、どこにもいない。
・・・ぽうっ
暗い闇の中に紅い光が浮かんだ。
そこから派生するように無数の紅の明かりが点り、闇を追い払い、空間全体を明るく照らした。
もともと生じた紅い光は、やがて大きな炎へと変化し、一人の人間を生み出す。
「!」
現れた人物の顔を見て良弘は息を飲んだ。
線が幾分細いものの幼い頃の自分と似た容姿、それを彩る鮮やかな赤の髪、少し釣り目の大きな瞳も紅く輝き、妖艶な表情を更に際立たせている。
これが、もう一人のーーー狂気の性格を持つ自分。
「久しぶりだな、良弘」
呼びかけてくる声は少女のように高く、明るく澱みなどない。
いつも自分を追い詰めてくるあの地を這うようなーーー血を吐くような暗く重い声ではなかった。
「あ・・・でも、始めましてっていう方が正しいのか?」
少年らしさの残る仕草は容姿と相俟って、彼を随分と幼く見せた。多重人格というのは様々な年齢を形成するとは聴いていたが、目の当たりにすると違和感を否めない。
それに彼はまるで自分以外の誰かにしか感じない。その存在が自分として認識できない。
それでも、彼が自分であることを認識しなければいけない。彼は自分の狂気・・・気に入らないものをすべて焼き尽くしてしまう、自分の欲望を具現した姿。
「私の狂気・・・」
良弘の呟きに少年は、狐につままれたような顔をした。そして言葉の内容をしばらく考え込んだ後、堰を切ったように笑い出す。
「違う、いや、まじ違うからそれ」
笑いすぎて途切れそうになる息をどうにか押さえ込み、少年は目元に浮かんだ涙を掌でぬぐった。
「確かに多重人格みたいに感じるんだろうけど、俺は良弘とは別個の魂だよ。この体に間借りしているだけだし、出て行こうと思えば外に出て自由気ままに空を飛ぶことができるんだ」
自慢するように『少年』は胸を張った。目の前の『彼』の口調からすると、閉じ込められる前の少年は良弘の体を抜け出しては、適当に外を楽しんでいたようだ。
その事実に、良弘は考え込んでしまった。
自分が狂気として閉じ込めていたのは『自分』ではない別の魂を持つ『少年』ーーーコントロールが出来ないからと強制的に閉じ込めるのではなく、本来ならば言い聞かせて説得するべきだった。
「名前は、ありますか?」
聞いた後、良弘はしまったと思った。しかし彼は華が綻ぶような笑顔を浮かべた。
「俺は、焔。桧原焔。この名前は父さんと母さんが付けてくれたんだ」
ふわふわした赤い髪を揺らめかせて、彼は宝物を披露するみたいに自分の名前を語る。
そこでやっと、良弘はあることに気づいた。
「もしかして、あなたは、女の子ですか?」
「そうだよ?」
今まで気づかなかったの?とばかりに首を傾ける彼女に良弘は小さく呻いた。確かにしっかりと観察すれば焔の胸元にはうっすらとふくらみがある。
まじまじとこちらを見ている良弘の瞳を見て、焔は少し眉を顰めた。
「あれ・・・第一の封印が外れてる」
「第一の封印?」
夢の中の良弘も現実と同じように瞳が赤くなっていた。その意味を彼女はしっかりと理解していた。
父が能力をすべてかけて掛けた封印の重要性・・・それがはずれかけているということがどれほど危険であるのかを。
「良弘の中から桧原の能力が洩れ始めてる」
その言葉に、良弘は慌てるように自分の目を手で覆い隠した。
「なんで、取れかけてるんだ?」
信じられないとばかりに呟く彼女の様子に、良弘は不思議そうに問い返す。
「あなたが外したんではないのですか?」
彼女は慌てて首を振って否定する。その表情は疑われたことに傷ついているようにも見えた。
焔ちゃん、登場の巻
やっと最後の主人公・焔がでてきました。
他の話とは違い緩やか過ぎる進行の話がやっと普通に動き始めます。