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第16話:眠りへの誘い

「めずらしいな、良弘が取り乱すなんて・・・こんなのが見れただけでもここに来た意味がある」

 やっと落ち着きを取り戻した良弘から手を離した浩一郎はそのままベッドの隅に腰をかけた。

「恥ずかしい所を見せてしまいましたね。多少なりとも迷惑をおかけしたようですし、どうお礼をすればいいでしょうか?」

 いつもの強かさを欠き、意気消沈している良弘の頭を撫でながら、浩一郎は優しい笑みを浮かべた。

「気にすんな。謝られるために一緒にいるわけじゃない」

 何の含みもない純粋な暖かい言葉は、今の良弘にとりかけがえのないものだ。彼はやっと小さく笑うともう一度頭を下げた。

「本当に、ありがとう。でも、もう大丈夫です。

 あなたの屋敷の人たちも心配するでしょうし、帰ったほうがいいと思います」

 この家の人間に『松前浩一郎』の存在を知られてはいけない。

 それを知れば彼を傀儡にしようと企むやからが必ず出てくる。

 だから今まで、良弘は彼を家に招かなかったし、今も早く彼をこの家から出したかった。

 しかし、彼のその心使いに浩一郎は不満そうに口を尖らせた。

「なにが、大丈夫だよ」

 浩一郎は双眉そうびを吊り上げて、自分の目の前にある良弘の前に指を突きつける。

「顔は真っ青、目は真っ赤。それらが一向に戻る気配もないのに、よくも『大丈夫』なんて言えたものだな」

「そんなこと」

 浩一郎の決め付けに反論しようとした良弘の口を、彼は押さえつけるように手でふさいだ。もう片方の手は耳栓をするように自分の耳に置かれている。

「反論はいらない。俺の目の前にいる良弘はそうなっているという事実だけで十分だろう。こんな不安定な状態で事体の打開なんてできない。それぐらい、お前だってわかるだろ」

 真帆のことにしても、香帆のことにしても、そして良弘自身のことにしても、彼がしっかりしていなければ対処することなんてできない。

 しかし事態を説明した覚えのない良弘は、浩一郎が何を言っているのかと睨み付けてくる。ともすれば口を押さえる手をはずした瞬間に噛みつきそうだ。

 見据えられた浩一郎は一度大きく息を吐くと、内緒話をするように声を潜めて彼に告げた。

「お前の家の厄介ごとの大半は香帆ちゃんとの会話で推察した」

 その一言に良弘の目が大きく見開かれる。こういう表情も珍しいなと思いつつ、浩一郎は更に続ける。

「確かに、俺じゃ力不足かもしれないけどできる限りの助力はするつもりだ。三人でだめでも四人でやればきっと光明は見えてくるはずだ。

 だからこそ、今のお前はきちんとした睡眠をとって体力を回復することだけを心がけろ。俺も家に連絡してここに泊まることにするから」

 押し切るような強引さで告げる浩一郎に「これは梃子てこでも動かないな」と良弘は諦めた。

 決断を下した後の彼は何を言おうとも揺るがない。それが自分を危険に陥らせるとしても彼は自分の直感と判断を信じて突き進んでいく。

 そうやって巨大な財閥の後継者として地位を彼は確立してきたのだ。

「ま、そういうことで。よろしく」

 言いたいことを言い終えた浩一郎は良弘の口を塞いでいた手をはずした。

 にっこり微笑む彼に良弘は心苦しさを感じずにはいない。また浩一郎の厚意に甘えている。それが彼を巻き込むことになるのだと知りつつも、抗わない自分が情けなかった。

 しかし無理矢理に遠ざけたとしても彼は自分たちに及びもつかない方法で首を突っ込んでくるだろう。どの辺りまで彼の厚意を受け入れ、どの程度で彼の行動を抑制するのか、それをしっかりと判断していかなければならない。

 その事を考えようとするのだが、どうも身体全体が睡魔に侵食され、思考にもやがかかる。確かにこんな状態では立ち向かうことはできないだろう。

 今は彼の言う通り、しっかりと眠って体力と思考力を復活させなければならない。

「わかりました。それでは眠らせていただきます。客用の布団はあそこの棚にありますから・・・適当に・・・出し・・・使ってくだ・・・さ」

 しっかりと言葉を紡ごうとするが、抗えないほどの強力な睡魔が重く体に圧し掛かってくる。際限のない眠気にとうとう言葉は途切れ、瞼は静かに下りる。

 まるで落ちていくように急速に布団の上へと倒れこみそのまま眠ってしまった彼に、浩一郎は小さく息を吐くと彼の肩までしっかりと布団をかけてやるのだった。

浩一郎、良弘を寝かしつけるの巻。

ほとんど、駄々っ子良弘を寝かしつけている母親浩一郎の図で終わってしまいました。

次回最後の主人公・焔の登場です。

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