第14話:紅への変化
「嫌いになるって言うか、この家の人間はこいつとこいつが大切に思う人間以外最初から嫌いだよ」
おどけるように、だがしっかりと怒りを秘めた言葉に香帆の顔が明るくなる。
しかし、浩一郎はその顔に渋い表情を浮かべて、喜ぶ香帆に質問を投げかけた。
「ただ、いろんな会話の中で気づいたんだけど・・・もしかして、良弘も能力は持ってるの?」
引っかかる部分は大分あった。
良弘たちが出た途端に家が燃えたこと・・・・・・その後、追っ手を振り切ったということは、その家の中の人間は燃え死んだことになる。
香帆の会話の中で真帆があまり炎を操る能力に長けていないこと。そうなると必然的に、家を燃やしたのは良弘という結論に結びついた。
ただ良弘は自分が能力者ではないと信じていた。ならば、無意識か・・・それとも。
見ると香帆の顔は青白く変化していた。彼は更に少女を追い詰める言葉をつむぐ。
「そして、それはこの家の大人たちはもちろん、真帆ちゃんも知らない秘密?」
口に手を当て、信じられない者を見るように見上げてくる香帆に浩一郎は苦笑してみせる。
「別に記憶を読めるとか、心を読めるとかじゃないよ。会話というのは無意識でいろんな情報を出しているものなんだ。それをつなぎ合わせて解析して、答えを導き出すのが本来の情報処理能力っていうものなんだ」
会話だけで過去を読み取った浩一郎に香帆は、興奮してほほを染めた。
「すっごい!真帆お姉ちゃんみたい」
「何か誉め言葉として微妙だな」
本気で誉めてくれているのだろうが、情報を処理するのと勝手に占いであてつけるのとでは訳が違うと浩一郎は思っている。
しかし、そんな彼の考えなど知らず、香帆は「ちゃんと誉め言葉よ」と笑った
「確かに、一番炎に愛されているのはお兄ちゃんなの。お兄ちゃんが普通に炎を使えるようになったらきっとこの家の誰も太刀打ちなんてできない。一瞬で勝つことができるの」
どこか畏怖しながらも心酔しているのか、香帆は紅潮しながら言葉をつなげる。そして最後に楽しそうに謎かけのような言葉をつむいだ。
「でも、お兄ちゃんじゃないお兄ちゃんも炎が上手なの」
(良弘であって、良弘でない存在?)
いったいどういうことなのか、これは浩一郎にも理解できなかった。
「んん・・・・・・」
静かに寝ていたはずの良弘の口からむずかるような声がした。
覗き込むと、良弘のまぶたが俄かに動いている。それは数度の瞬きの後、開かれて・・・
「浩一郎・・・それに、香帆」
現れた瞳があたりを見回した。
良弘は重い体をベッドの上に起き上がらせる。
その段になって、香帆も浩一郎と同じく異常に気づいた。いつもと同じ表情、口調、態度なのに、向けられる瞳はいつものそれとは違っていた。
「・・・私は、倒れたのですか」
ため息にも似た呟きが耳に届く。
良弘は、自分の変化にまったく気づいていないようだ。
「浩一郎?」
めずらしく呆然としている友人に良弘は不思議そうに首を傾ける。仕方無しに重い体を引きずって、ベッドの脇まで移動すると親友の顔を覗き込んだ。
「どうしました、浩一郎?」
更なる問いかけに、やっと自分を取り戻した浩一郎は彼に起きている異変を口にする。
「・・・お前、目が紅い」
−−−−せつな、良弘の顔が青ざめた。
サイドボードの上から小さな手鏡を取ると恐る恐るその中を覗き込んだ。
「・・・っ!!」
鏡に映ったのは見慣れた自分の顔。しかし目の色状が赤へと変化していた。
この目には覚えがあった。炎を操り、人々に恐れ敬われる桧原の直系が引き継ぐものだ。かつては自分の父が持ち、もう一人の自分が引き継いだそれが、今、自分の瞳として顔を彩っている。
「どういう・・・これは、そんな・・・まさか」
「良弘っ!」
ガシャンッ
壁に叩きつけられた鏡が大きな音をたてて割れた。あたりに散らばる銀色の欠片。割れてもなお、紅い瞳を写し続けているそれが、良弘の精神を追い詰めていく。
「落ち着け、良弘。
香帆ちゃん、悪いけど、こいつが落ち着くまでは外にっ!」
「はい」
少女は返事と同時に一目散にドアへと飛びつく。
錯乱した兄の様子は気になるが、今、この部屋の中で自分にできることは何もない。いたら、浩一郎の負担を増やすだけだ。
良弘、寝起きで暴れるの巻でした。
抑えている浩一郎は大変です。下手すると襲っているようにも見えますが、抑えられているのが192cmの良弘、抑えているのが184cmの浩一郎ではあまりさまにはなりません。
明日は日曜日ですのでお休みして、あさって更新します。