第13話 情けない大人たち
彼女は自分の胸に自らのこぶしを当てると、苦しそうに独白していく。
「私たちは途中まで一緒に逃げたの・・・だけど、私が言いつけを破ったせいで捕まってしまって、それを盾にしてお兄ちゃんを捕まえて。それをお姉ちゃんに助けてくれていた人を通して伝えたの。お姉ちゃんは、私たちのために自分から捕まったわ」
香帆にとってそれは一番辛い過去だった。見ていない両親の死よりも、自分が捕まえられたせいで捕らえられられていく兄と姉の姿は彼女の幼い心を今でも傷つけている。
今よりももっと幼い彼女がどのような事をしたのかはわからないが、それが彼女だけの責任であるとは思わない。
第一、子供を捕まえるのにそのような暴力的で策略的なことをしなければいけない大人たちが一番責められるべきなのだ。
「私は、私が一番嫌い。二人が捕まえられたのも、捕まっているのも私のせいだもの」
吐き出される言葉は叫びに似ていた。
彼女は誰にもこの告白ができないでいたのだろう。
この家の人間はもちろん、自分のせいで捕まってしまった兄弟にも・・・浩一郎にこうしてぶつけるのは彼が唯一、この家に関係のない年上の人間だからなのかもしれない。
唇を噛み切りそうなぐらいの辛い心境を胸に秘めていた少女の体を、浩一郎はただ静かに抱きしめた。
ぴくりと震える体から徐々に力が抜け、彼女は浩一郎の胸にしがみつくと静かに泣き始めた。
どれぐらい経ったのだろう。彼女は「もう大丈夫」と、気恥ずかしそうに顔を上げた。
「それはよかった」
優しく笑う彼に、香帆はもう一つの秘密も彼になら打ち明けてもいいのではないか、と思った。
少なくともあの聡明な兄が信頼する相手ならば・・・。
「あのね、もう一つ実は秘密があるの」
神妙になった香帆の態度にこちらの真実のほうが彼女にとり大切なのだと悟った。
少女は取りあえず、浩一郎の前から一歩だけ後ろに下がると、虚空に両手を差し出した。少女の視線は手の平に集中し、彼女はそれを自分の前で合わせる。
現れたのは炎だった。淡く光を放ちながら、赤い炎が揺らめきながら彼女の手を包んでいた。
「これが、さっき言ってた炎を操る力?」
「うん」
炎はバレーボールぐらいの大きさを保ちながら、怪しく光を放っている。
「熱くないの?」
「普通の人が触れれば、火傷をするわ。でも、この家の人間は炎に愛されているから大丈夫。私もお姉ちゃんも火傷なんてしない」
彼女はそういうと炎をもう少しだけ大きくしようとする。しかしその力の調整ができなかったのか集まっていた炎は無残に霧散し消えてしまった。
「私たちに、火傷を負わせることができるのは、私たち以上に炎に愛されている人のみ」
「そうか・・・じゃあ真帆ちゃんの仕事は炎に関することなの?」
探りを入れてきた浩一郎に香帆は珍妙な顔をした。
「炎の中に未来を見るのって、炎に関する仕事になるの?」
この能力の場合は、炎はあくまで媒体である。相性のよい媒体であるから真帆は炎を使っているだけで炎を操る能力に秀でているわけではない。
実際、真帆よりも香帆のほうが炎を操る能力自体は長けていた。
「未来って・・・そんなもの見てどうするの?」
浩一郎は本当に理解ができないのか真剣に少女に尋ねた。
常々、彼自身、未来は切り開き自らの力で築くものだと思っている。
だいたい未来を知ったところでそれと逆な行動をしてみたり、それを回避するための行動をとればそれは未来ではなくなる。そんな不確かなものを大の大人が寄って集って女子高生に尋ねること自体が間違っている気がする。
「絶対に、外れない未来なの。おじさんたちは、かぶらとかわせみ?っていうものの動きや、取引をする会社のことを占ってもらって、それで会社を経営しているんだって」
所々言っている香帆自身がわからない言葉がありなんとも可愛らしい様子だったが、意味としてはますますこの家の人間の情けなさの露呈する内容だった。
浩一郎自身、銀行系財閥の後継者としてわずか5歳から帝王学・財政学・経営学を学んでいる。中学に入ると同時に株式投資をやることを強要され、高校生になるころには松前家の財産の一部を流用することを許されるぐらいに成長した。
そんな彼からしてみれば、単なる女子高生の言葉に従ってしか会社を動かせない大人など非常に無能な人間だとしか思えない。
「むかつくぐらい、情けない大人だな」
「え?そうなの?」
あまりにも周りがそれを重用し、それが普通なのだと思い込まされていた少女は、彼が能力の価値よりも大人たちの愚行を責めていることが新鮮だった。
「そうなの。株の動きや為替の変動なんて新聞やネットで情報を得れば誰にでもわかる。取引相手のことを知ることもそうだよ。それなのにこの家の人たちは努力を怠り、自分で何もせず、真帆ちゃんの言葉にのみすがって生活をしているんだろ。
情けない大人としかいえないでしょ?」
それが含む危険のことを彼らは考えないのだろうか。真帆が偽りを述べたときに、そのことを判断できるだけの能力が、そんなことをしている人間に備わるとは思えない。
「浩一郎お兄ちゃんも、おじさんたちのこと嫌いになった?」
憤っている浩一郎の姿に香帆は少しの希望をもって問い掛けた。この人ならば、自分たちが逃げる時に手助けをしてくれるのかもとしれない。そんな淡い期待だった。
浩一郎、大人を馬鹿にするの巻でした。
彼の考えは特殊のため、どうやら憤る場所が人とは違うようです。
でも、未来が見える状態で株をする。楽だろうね、と本当に思います。