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第11話 少女の激白

 浩一郎に接しているうちに香帆の緊張も徐々にほぐれてゆく。

 とりあえず、浩一郎は先程自分の座っていた椅子に彼女を座らせると、新たに良弘の勉強机から椅子を引いてきて、それに腰をおろす。

「お見舞いに来てくれて、ありがとう。香帆ちゃん」

「お見舞いしてるのは、浩一郎お兄ちゃんも一緒です。ありがとうございます」

 香帆は礼を返すと、寝台に寝たままの兄の顔を覗き込んだ。

 久しぶりに見る兄の整った顔は、最後に見た時よりまた痩せたようにみえた。

「真帆ちゃんは、お見舞いにこれないの?」

 ぽそりと呟いた浩一郎の言葉に、香帆は静かに頭を振る。

「お姉ちゃんは仕事です。お兄ちゃんが倒れたことも聞いたみたいだけど・・・仕事を放棄したら医者を呼ばないと言われて」

 誰よりも・・・自分よりも、ずっとずっと兄を敬愛している姉がこの場にこれないこと、それが悔しかった。

 だが自分に姉の方が悔しいに決まっている。

 だが、これが現実なのだと香帆は幼いながらに認識するしかなかった。彼女たちが何らかの行動を起こせば起こすほどその報復は兄に向く。何も知らないことでも兄は自分の受けるべき現実なのだと受け入れてしまう。


 今は悔しくても彼らに従うしかないのだ。


 寂しそうに言葉を紡ぐ香帆に浩一郎の視線も辛そうに歪む。

 まだこんなに幼い少女がしてもいい表情ではない。こんな表情をさせている彼らの人間性に彼は憤っていた。

「香帆ちゃんも、この家の人の事嫌い?」

「だいっきらい」

 浩一郎の問いに香帆は即座に答えた。

 なぜだか、香帆の動作一つ一つがやけに人間らしく感じる。それはこの家で唯一の異質なまでの正常なのだろう。

 彼女は浩一郎の顔をじーっと見ると小さく「ないしょよ?」と口に人差し指をあてた。

「大丈夫、これでも良弘に信頼されてるんだから」

 浩一郎も香帆の真似をして、人差し指を口の前に立てる。

 香帆は椅子に深く座り直すと、子供に似つかわしくないほど厳しい表情で眠っている兄の手を見つめた。

「この家の人たちは、『檜原の力』のないお兄ちゃんの事をいじめるの」

 また出てきた『力』という言葉−−−−−気になったが、とりあえず今は香帆に話をさせることが優先だと思い、浩一郎はただじっと膝の上で拳を握りしめている幼い少女を見守った。

「お兄ちゃんの手の甲に傷があるの、知ってる?」

「ああ、ひどい傷だよね」

 確かに傷の事は前々から気になっていた。

 左手の甲を見るたびに良弘が浮かべる悲しそうな表情。

 しかしその理由を聞いたところで、彼はいつも「もう済んだことです」と笑ってかわした。

 香帆はベッドに手を伸ばすと、傷の付いていない右手を握りしめる。

「あれ、この家の人たちがやったの。『見せしめ』なんだ、って・・・もう決して自分たちから逃げないように、お兄ちゃんの手の腱をきったの。

 お兄ちゃん、本当ならお父さんから教えて貰ったヴァイオリンを弾く仕事につきたかったのに、あの人達が・・・」

 至高の楽器を操る兄の手。温かくて、大きくて、優しくて、綺麗な手。それにあんなにも醜い傷を付けた彼らが許せなかった。

 浩一郎も香帆の言葉に良弘の手を痛ましそうに見つめた。

 彼の身内にも父親の影響でヴァイオリニストを目指している人間がいる。彼が自分の手をどれだけ大切に扱っているのか浩一郎は小さい頃からよく見ていた。

 そういえば、浩一郎の部屋に遊びに来るたび、良弘はクラシック・・・それもヴァイオリンがメインを飾る曲ばかりを選んで駆けていた。その知識も深く、幼い頃から友人の影響である程度クラシックに詳しい自分でも舌を巻くほどだった。

『将来の夢は見ないようにしているんです』

 かつて、良弘が自分に言った一言が頭によぎった。そしてその意味が今、理解できた。

「お姉ちゃんだって、私よりもこの家の人たちの事が嫌いなはず。お兄ちゃんの手を傷つけられた時、誰よりも泣いたのはお姉ちゃんだもの」

 姉は兄の弾くヴァイオリンの音色が好きだった。それに合わせてピアノを弾いて、家族みんなを楽しませていた。

「お姉ちゃんはお兄ちゃんのことが大好きなの。

 だからこの家の人たちはお兄ちゃんや私のことを餌にしてお姉ちゃんに仕事をさせている。私よりも心配しているのにお見舞いに来る事もできないの」

 言い募るたびに、香帆の大きな目に大粒の涙が溜まった。感情的にならないように押さえられた声が、時々、詰まりそうになるのを彼女は必至に押さえていた。

「それに、・・・それに・・・」

 一番重大で、一番辛い事を口にしようとして、彼女は今にも叫びそうになる心を必至に抑える。

「あいつらが、お父さんとお母さんを殺した」

 香帆の押し殺すような呟きに、浩一郎は自分の中の思考が繋がるのを感じた。

浩一郎、衝撃の事実を聞くの巻でした。

未だ終わりが見えない状況に、作者が一番辟易としています。

あともう少しで良弘が目をさまします。

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