番外編2−4:色づいた世界
良弘の沈黙や受け流しを『了承』として取った浩一郎は嬉しそうに彼の方を抱くと、その頬に小さくキスをした。
「それじゃ、また明日」
浩一郎はそういうと本を持って颯爽と走り去っていく。
良弘は何が起きたかわからず暫くの間、硬直していた。手にもっていた本も地面に落としてしまっている。
(な・・・・なななな・・・・なななななんですか、今のは?)
欧米人でも有るまいし、なんで別れ際に頬にキスをするんだ?・・・あくまで日本生まれ、日本育ちの良弘には到底理解できるものではない。
ようやく意識を取り戻した良弘は顔を真っ赤に染めながら着ていた衣服の袖で頬を拭った。
怒りをぶつけてやりたいところだが、その張本人はすでに視界の中には居ない。いれば殴り倒す事だってできたのに・・・
「そうか」
ふいに何か考えついた良弘は露にしていた怒りを納めて、悠然と微笑んだ。
(明日、また会えるんだった)
彼が忘れていた感情を思い出させてくれた当人は、明日自分の足で良弘の目の前までやってきてくれるのだ。
別に代用品に八つ当たりしなくても、怒りの発散はいつでも出来る。
(明日が、楽しみですね)
『明日』が楽しいと思ったのはどれぐらいぶりだろうか。
僅か数分の出会いだというのに、良弘の中の何かが確実に元に戻るための変化をし始めた。そのスイッチを押したのは間違いなく先程の男だ。
良弘は地面に落ちてしまっていた本を拾い上げると、もう一度、浩一郎が去っていった方向へと視線をやった。途端に西日が目に入り、彼の世界を暖かな色に染める。
「まず、明日一番に思い切り頭をなぐって、日本の文化を躾直さなければいけないですね」
自分の本性を見抜き、ここまで良弘の仮面を外してしまった彼に経緯を現して殴ってやろう。
それからもっともっと互いのことを話したい。自分の境遇の事はまだ触れられないけど、楽しかった過去の思い出を話してあげたい。そして彼のことを知りたいと思った。
(早く、明日がくればいいのに)
彼はその一言を心にしまうと、重い足取りで牢獄へと帰っていった。
「以上が、私と浩一郎の出会いです」
それぞれ目的の場所へと向かう電車の中で、妹たちと望月勝にせがまれた浩一郎と良弘は彼らに自分たちの出会いの物語を話した。
「それで、良弘さんはこれのこと、殴ったんですか?」
楽しそうに聞いてくる勝に良弘は勝ち誇った笑みを浮かべ、逆に浩一郎は厭なことを思い出したとばかりに顔を歪ませる。
「とりあえず、2発。欧米スタイルで挨拶する度にそうしたら、ちゃんと日本の作法を覚えてくれました」
真帆はその言葉に思わず、浩一郎へと同情の視線を送ってしまう。
真帆の隣に座っている香帆は先程から売店でかって貰った栗を食べているため、話を聴いているかも怪しい。
「だから、浩一郎の男色疑惑を焔が持ってしまったのは仕方ないことなんですよ」
溜息混じりに呟く良弘に真帆も勝も笑うしかない。
「その言葉は、嫌がらせか・・・?」
顔を引きつらせながら聞いてくる浩一郎に良弘は
「さあ、どうでしょう」
と、艶やかな笑みを浮かべてみせたのだった。
浩一郎、欧米人になるの巻。浩一郎の欧米式の挨拶をするのは彼の乳母がアメリカ人と情操教育のための家庭教師がフランス人とイギリス人とドイツ人がついたためです。更に勝の母親と父親が同じ挨拶をするので浩一郎にはあまり違和感の無い挨拶となっています。
勝も同じ挨拶をすることがありますが、きちんと人を選んで行っています。
以上、これで本当の『青炎』の終りです。
この話の大分未来が『至空の時』となります。主人公は真帆の息子、それから良弘の息子と娘、本人も出てきます。気が向いたらそちらの方も読んでくださるとありがたいです。