番外編1:駅を守る者
第93話直後のお話です。本来なら、93話と94話の間に入れる予定の話でしたが、いろいろな理由で入れ忘れてしまいました。
良弘達がロッカーを去ったすぐ後、彼は荒井と植村の前に姿を現した。
「無事に旅立てましたね」
一目見て仕立てがいいと判るスーツを均整の取れた身体に纏い、精悍な顔立ちとそれに見合う威厳ある目をもつ壮年の男性だった。
「おや、来てたのですか」
荒井は親しい口調で男に話し掛けた。その言葉に男は少し頷いてみせる。
「この駅から貴方以外の桧原の人間を排除するためには私自身が出向かないとまずいでしょう」
彼はそのために一般人に扮したSPを100人以上あらゆる場所に配置した。それが男に出来る唯一のサポートだった。
「一緒に見送ればよかったのでは?」
「瑛一の子供たちにはまだ合わせる顔がありませんよ。勝くんは私の存在に気付いていたみたいですけど頭のいい子だから何も言わなかったみたいですね」
次々出てくる言葉に植村は目を見張った。
話からすると真帆たちの父親の知り合いにも聞こえるが、勝のことも『勝くん』と親しげに呼んでいる。
「うちの馬鹿息子はすぐに仕事の関係で会いますし、見送るまでの事も無いでしょう」
「松前さんのお父さんっ!?」
彼が言葉を言い終わるのと同時に植村は叫んでいた。
いったいどうなっているのだろうか。勝から告げられた事実のショックも抜けきらぬうちに、頭が白くなるほどの事実を提示されてしまう。
「君は?」
突拍子もない叫び声にやっと存在に気付いた彼は訝しげに植村の方へと視線を移動させる。
「真帆様と望月くんの友人だそうだ」
応えたのは荒井だった。
その言葉に男は「ほう」と感嘆の声を上げ、しげしげと植村を観察し始める。
居心地の悪い状態に「あー……」とか「うー……」とかうめいていた植村だったがとりあえず、自己紹介だけしておこうと思い切り頭を下げた。
「植村晴彦です。始めまして」
「松前良太郎だ。始めまして、だね」
良太郎は晴彦と握手をした。
「真帆姫たちの、両親を知っているんですか?」
植村が恐る恐る問い掛けると彼はポーカーフェイスのまま爆弾発言を投下した。
「知っているよ、瑛一は私の初恋の相手で、浩美さんはライバルだったな」
「ぶっ!!」
噴出した植村とは違い荒井は「そうでしたなぁ」と気楽に応えている。
「まあ、それはジョークで、親友夫妻というところだな」
(本当に、ジョークなのか???)
植村は真剣に疑いながら目の前にいる『松前良太郎』という人物を観察した。
さすが世界のトップ企業を率いる松前家の総帥だけはあり風格はずば抜けている。それに何事にも動じない『何か』が彼からはひしひしと感じられる。
「君は、旅立たないのかね?」
「あ、僕はそのまま持ち上がりで大学の教育学部にいくので・・・」
萎縮しながら返事をすると彼は少しだけ表情を動かす。
荒井もそれに反応したがすぐに表情の奥に隠してしまった。
その二人の行動が何の意味するのか判らなかったが、植村は家族との約束の刻限が迫っているのに気づいて、二人に丁寧に挨拶をしてからその場を去った。
「彼を手駒に加えるつもりかね?」
荒井は植村が去ったのを確認してから良太郎に問い掛けた。
彼は意味深な笑みを浮かべ、何も応えないままその場を去った。
荒井はその行動に一つだけ溜息を漏らすとこのコインロッカーから旅立っていった全ての少年たちの未来の平穏を祈るのだった。
真の大物・松前良太郎、現るの巻。浩一郎のパパが出てきました。
植村はこの時、良太郎に目を掛けられてしまったせいで、いずれは風原学園高等部の校長にまで上り詰めてしまいます。
(『至空の時』で理たちが通っていた高校の校長が植村です)
手駒というより、守れなかった過去を清算するための手助けをしてもらうというほうが正しい表現だと思います。
勝が待ち合わせの場所で浩一郎達を待つといったのは、松前家のSPの姿を2〜3人見つけたからです。
ゆえに『駅構内は大丈夫』と判断して彼らが来るのを待ったのでした。
浩一郎はただただ焦っていたためにその辺りを見落としていましたが、券を取替えに行く時に松前家が守りに来ていることに気付き、彼らの中で自分たちと同じ車両に乗る者に座席指定券を交換してもらいました。