第1話 廃部
部活動決意の会が始まった。全ての部活動が、自分たちの活動についてアピールするところでもあり、大会への出場の意向の確認の場でもある。
「サッカー部です。サッカー部では、地区大会を優勝し、県大会へ出場することを目標に、日々活動しています」
サッカー部の発表が終わった。
他の部活動も、だいたい同じような内容のものばかりだった。だが、その中に1つだけ、気になるものがあった。
「花壇整備部です。我が部活には、大会はありません。ですが、花壇整備を行い、大会に向かう人たちへ、その花壇からエールを送ることができればいいな、と思います」
花壇整備部——この夏限りで廃部になり、地域のボランティア活動と統合される部活だ。花壇整備部では、幽霊部員もかなりいて、部員数だけでみれば多いが、実際に活動している人数はほぼいないに等しい。
そんな部活が、こんなにいいスピーチをしてくれるなんて。思ってもいなかった。周りの先生方もみな、同じように思っているだろう。
花壇整備部の発表が終わると、会場の体育館からは、他の部活動より1回り大きな拍手喝采が巻き起こった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「神夜部長! 今日の発表、素晴らしかったですよ!」
「⋯⋯はい。頑張りました」
校長先生までもがここへ来て、私のことを褒めてくれた。今日、何回目なのかな。
「神夜部長! 今日の発表、すごくかっこよかった!」
「ありがとう、ございます」
私がその声の方を見てみると、そこには部活の後輩がいた。
最近では、なぜか丁寧に接していない後輩が増えているらしい。
「どしてあんなに頑張れたんですか?」
率直な瞳が、後輩から飛んできた。私はその質問に、なるべく長く答えようと、雑草を抜くのを促した。
「わかりました!」
多少の敬語は使えるのか。⋯⋯よかった。まぁ、ただ、私は、訂正する気はさらさらないわけで。
「まぁ、実を言うと、この部活⋯⋯もうなくなるんだ」
私は悲しかった。仲間と一緒に助け合いながら、草取りをしてきた。楽しい活動をモットーに、私は活動してきた。
ただ、その後輩は、一瞬飛び跳ねたように見える。——まぁ、嬉しいのもわかるけどさ。
「本当ですか!? なんでなくなるんですか!?」
「⋯⋯私に聞かれても、わかりません」
私も、なくなるとしか言えない。それしか、わかっていないから。ただ、もし推測するとするならば。
「おそらくですが、教員の数が減り、私たちを見てくれる教員がいないのでしょう」
私は、誰にも聞こえないようなボソボソと声を発した。その後輩は、聞き取れたのか、聞き取れていないのか。今、わかるのは、後輩は友達のところへ行った、ということだけだった。
******
「今日からは、この人たちが見てくれます」
夏休み明けになり、顧問は他の部活へと派遣された。その顧問の代わりに来たのは——地域の人だった。
「それじゃあ、今日からお願いしますね」
「⋯⋯はい。お願いします」
いかにもおばあちゃん、というような服装と容姿をしている人たちが、5人。——全部同じ顔にしか見えない。
「部活なくならねーのかよー」
「これは、部活ではありませんよ。花壇整備という、ボランティアなんです」
後輩にそう言ったおばあちゃんの目は、細いながらもしっかりと、伝えられているような気がした。
「それでは、はじめましょうか」
優しい口調で、他のおばあちゃんが言ってくれた。誰の名前もしらないけれど、なんか、いい人そうで良かった。
******
その日の部活は、いつもより早くなった。
いつも終わり際に花壇へ顔を出す顧問と違い、おばあちゃんたちはずっとやってくれていた。だからか、いつもよりも、草取りが捗っていた。
「それでは、そろそろ終わりにしましょうか。部長さん」
「はい⋯⋯わかりました」
部活じゃないのに、部長。私は、部長、なのかな。いや、部長では、ないはず。
「みんなー! 終わるから集まってー!」
私が声をかけると、全員すぐに集まってきた。みんな、多分やりたくないのかな。
「これで今日の活動を終わります」
「ありがとうございました!」
部員全員の声が、きっちりと揃っていた。こんなに揃うことなんて、今までになかったのに。
——なぜか、この人たちが来てから、部員たちは⋯⋯変わった気がする。
空は、雲1つない晴天で、夏の終わりの痛い日差しが、私の肌を焼いてくる。そんな中私は、花壇の縁に座って、こんなことを考えてしまっていた。
「やっぱり私、部長向いてなかったのかな」
今日の花壇整備部⋯⋯ボランティア活動は、とても生き生きとしていた。みんなの活発な声が飛び交い、先輩後輩関係なく、楽しそうにお話をしながら、みんなで草を採ったり、花を植えたりしていた。
「おばあちゃん! これどうすればいい?」
「あ、おばあちゃん! クワ取ってきたよ!」
私が部長をやっていたときよりも、部員全員、生き生きして、楽しくやっている気がする。
「おぉ、早いねぇ。ありがとぉ」
おばあちゃんは、ニコッと微笑み、その子を褒めた。その子は、笑顔になった。
また別のおばあちゃんも、笑っている。そのおばあちゃんの笑顔を見た後輩も、笑っている。
そのまた別のおばあちゃんも、生徒と楽しそうに話している。笑っている。まるで、孫とでも話すように。
——私以外全員、笑っている。私だけが、時代の後端に、取り残されている。そんな感触があった。
「さぁ。それは、どうだろうねぇ」
私が遠くから活動の様子を眺めていたら、隣から声がした。私はその声がする方に目を向けた。
「⋯⋯どういうことですか?」
気づけば私は、警戒していた。そこにいたのも、笑っているおばあちゃんだった。
——なんでこんなに、楽しそうにできるんだろ。
「みんな、しっかりとやり方が分かっている。花の植え方、草を枯らすための抜き方、クワの扱い方。他にも、たくさんある。それは、部長さんが指導してくれたおかげ。そうじゃないかねぇ?」
おばあちゃんはやっぱり、ニコッと微笑む。顔を、シワだらけにしながら。
——私、何も教えてない。
「別に、何も⋯⋯」
「みんな、部長さんの背中を見て、やり方を見て。それを、真似して。ようやくできるようになった。違うかね?」
私には、わからない。別に、当たり前の抜き方を、当たり前にやっていただけ。ただの当たり前を、当たり前のようにこなしていた。それだけで、私の背中なんて、見られるわけがない。
「別に私は、普通のことを、普通にやっただけ。何も、特別なことは——」
「みんなにとって、その普通が、特別だったんじゃないかね?」
みんなにとっての、普通⋯⋯? みんなに、とって。普通は、普通で、それ以下でも以上でもない。ただそれだけのこと。なのに、何が特別だったのか。何が、普通じゃなかったのか。
私は頭を抱えてまで考えてしまっていた。
「最後に、これだけ」
おばあちゃんは、私の肩を掴むと、微笑みながらこう言った。
「みんな、挨拶がしっかりできる。それは確実に。部長さんのおかげだよ」
そんな言葉が、私の心に深く突き刺さった。私も、そう決めていた。たとえやる気がなくても。たとえ元気がなくても。たとえ、どんなときでも、挨拶だけは、大きくしよう、って。——それが、父の⋯⋯亡き父の、教えだから。
気づけば私は、空を見つめていた。花壇の縁に座り込みながら、まるで、父を、探すかのように。
「そろそろ、終わろうか」
「⋯⋯はい」
私は、部長なんだ。今は部長じゃないけれど、部長だったんだ。そう、自覚した瞬間だった。
「みんなー! 集まってー!」
私がそうやって一声かけるだけで、みんなが一斉に集まってくる。遠くの方で草取りをしていた生徒にも、年をとったおばあちゃんにも、誰にでも聞こえる声だった。
「それじゃあ、今日の活動を、終わります!」
私は、これまでにないぐらい、響く声で言った。私も、こんな声が出せるんだと、驚いてしまっている。
「ありがとうございました!」
部員みんなの声が、きっちりと揃っている。しかも、大きな声で。私はこれが、どれだけ素晴らしいことか、今始めて、知った。知ることができたのだ。
それを聞いた私の顔も、笑っている。空から見ているお父さんも、きっと、笑っている。




