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壊れた日常と、見えない力




 気づけば、そこに天狗と九尾の姿はなかった。


 さっきまで確かにいたはずの場所には、何も残っていない。ただ、戦いの跡だけが異様に残っていた。


 中心だけが、不自然に空いている。


 まるで何かを抉り取ったように、地面も木も、何もかもが消えている。


 その周囲では、木々がなぎ倒されていた。


 根元から折れたもの、途中で裂けたもの、倒れたまま重なっているもの。


「……これ、俺のせいじゃないよな」


 誰に言うでもなく呟く。


 返事はない。


 さっきまでいたはずの気配も、もう感じられなかった。


 妙に静かだ。


 あの張り詰めた空気が、嘘みたいに消えている。


 代わりに、いつもの山の空気が戻ってきていた。


 風が吹き、葉が揺れる。


 どこか遠くで鳥の声がする。


 それが逆に、現実感を強くする。


 


「……帰るか」


 


 ここにいても仕方がない。


 ゆっくりと山を下りる。


 足を運ぶたびに、自分の身体の軽さが気になる。


 変に力を入れないように、意識して歩く。


 それでも、地面を踏む感覚がいつもと違う。


 少し踏み込むだけで、土が沈みすぎる。


 怖い。


 力加減が分からないというのは、こんなにも不安なものなのか。


 


 家が見えてきた。


 いつもと同じ、何も変わらない景色。


 それなのに、自分だけが変わってしまったような気がする。


 


「ただいま」


 


 玄関で一言だけ声をかける。


「おかえり」


 すぐに母親の声が返ってきた。


 そのまま部屋へ戻ろうとする。


「今日は山菜はないの?」


 台所から、何気ない調子で聞かれる。


 一瞬、言葉に詰まる。


「……今日は採らなかった」


「そう」


 それ以上は何も聞かれなかった。


 助かったような、少しだけ申し訳ないような、妙な気分になる。


 


 自分の部屋の前に立つ。


 ドアノブを見つめる。


 


「……これ、壊れないよな」


 


 そっと手を伸ばす。


 力を抜いて、指先で触れるようにして握る。


 ゆっくり回す。


 何も起きない。


 ほっと息を吐く。


 


 扉も、慎重に開ける。


 閉めるときも、同じようにゆっくりと。


 かち、と小さな音がして、きちんと閉まった。


 


「……面倒くさ」


 


 ベッドに腰を下ろす。


 それだけの動作でも、少しだけ気を使う。


 気を抜けば、何かを壊してしまいそうだ。


 


 天井を見上げる。


 


「我は“先”を見る目と、空間を渡る術をやろう」

「我は“形”を変える術と、遠くを覗く目じゃ」


 


 さっきの言葉を思い出す。


 


「先を見る目……なんだ?」

 遠くを見る、ということか。


 九尾の能力と被ってるのでは?


 


「空間を渡るって……転移? それともただの移動か?」


 瞬間移動みたいなものか。


 いや、さすがにそれは飛びすぎか。


 


「形を変える術……」


 物の形を変えるのか、それとも――


「狐だし、変化か?」


 自分の姿を変える、あれか。


 


「遠くを覗く目……」


 双眼鏡みたいなものか?


 それとも、もっと別の何かか。


 


「……分からん」


 


 考えても仕方がない。


 とりあえず調べるか。


 


 スマホを手に取る。


 


 軽く握った。


 


 ミシッ、と嫌な音がした。


 


「……え?」


 


 画面を見る。


 中央にひびが入っていた。


 


「いや、嘘だろ」


 


 少し力を入れただけだ。


 それだけで、歪んでいる。


 画面の一部が黒くなって、表示がおかしくなっていた。


 


「……マジか」


 


 しばらく、そのまま固まる。


 頭が追いつかない。


 


 まだ分割も残っている。


 買ったばかりだ。


 


「……終わった」


 


 ベッドに倒れ込む。


 天井が遠く感じる。


 


 そのまま、しばらく動けなかった。


 


 十分ほどして、ようやく起き上がる。


 


「……サブ機を使うか」


 


 サブのスマホを取り出す。


 今度は慎重に扱う。


 


 机の上に置く。


 直接触らない。


 


 タッチペンを持つ。


 これなら大丈夫なはずだ。


 


 ゆっくりと電源を入れる。


 問題なく起動する。


 


「……よし」


 


 検索する。


 


 九尾。


 


 出てきた情報を眺める。


 


「変化……千里眼……」


 


 それっぽい。


 


「天狗は……」


 


 検索。


 


「予知……空間移動……」


 


「……まんまだな」


 


 どうやら、あの二人が言っていたことは、そのまま受け取っていいらしい。


 


 そのとき。


 


「昼ごはんよー」


 


 母親の声が聞こえた。


 


「……はいよ」


 


 立ち上がる。


 ゆっくりと。


 


 食卓には、うどんが並んでいた。

 それと、昨日採ってきた山菜の天ぷら。


 


「いただきます」


 


 箸を持つ。


 これも、慎重に。


 


 うどんをすくう。


 力を入れすぎないように。


 


 口に運ぶ。


 


「……普通だ」


 


 味はいつも通りだった。


 


 だが、食べる動作一つ一つに気を使う。


 


 天ぷらを持つ。


 崩れないように。


 


 噛む。


 力を入れすぎないように。


 


 視線を感じる。


 


 母親が、じっとこちらを見ていた。


 


「……何?」

「いや、なんか今日はえらく丁寧に食べるなって」

「……そんなことないだろ」


 


 目を逸らす。


 


「まあ、いいけど」


 


 それ以上は何も言われなかった。


 


 助かった。


 


 食事を終え、部屋に戻る。


 


 ふと、カレンダーが目に入る。


 


「……金曜か」


 


 ロト7の日だ。


 


 いつも通り、アプリを起動する。


 


 数字を選ぼうとして――


 


 止まった。


 


 頭の中に、数字が浮かぶ。


 


 並んでいる。


 


 どこかで見たような、確定したもののように。


 


「……なんだこれ」


 


 考える。

 これが天狗の能力――予知なのかと。


 


 ただ一つだけ、妙な確信があった。


 


「……これ、か」


 


 タッチペンで入力する。


 


 迷いはなかった。


 


 そのまま、一口購入する。


 


「……当たれば良いな」


 


 呟きながら、画面を閉じる。


 


 夜。


 


 抽選の配信をつける。


 


 数字が発表されていく。


 


 一つ。


 


 二つ。


 


 三つ。


 


 ――同じだ。


 


「……は?」


 


 手が止まる。


 


 四つ。


 


 五つ。


 


 六つ。


 


 七つ。


 


 全部、同じだった。


 


 しばらく、動けなかった。


 


「……マジか。12億だよ」


 


 心臓の音がうるさい。


 


 立ち上がりかけて、やめる。


 


 今、はしゃいだら――


 


「……家、壊れるな」


 


 深呼吸する。


 


 ゆっくりと座り直す。


 


 画面を見つめる。


 


「……当たった」


 


 それだけを、何度も頭の中で繰り返す。


 


 その夜は、結局ほとんど眠れなかった。


 


 何に使うか。

 どうするか。


 


 考えれば考えるほど、頭が冴えていく。


 


 天井を見ながら、朝を迎えた。




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