第3話 「進退ステッキは振るなと言ったのに」
「……よし」
玉座に座るオチルは、深呼吸をした。
手には――進退ステッキ。
(落ち着け……
僕は神……
たぶん……)
目の前には、進退管理課の監視映像。
無数の生命体が、進化の途中でうごめいている。
「ゼアス様は……
ここは一番楽だって……言ってた……」
オチルは画面を眺める。
魚。
虫。
爬虫類。
よく分からない粘体。
「……あ」
一体、目に留まった。
二足歩行。
妙に背筋が伸びている。
目が多い。
なぜか両手で“考えるポーズ”を取っている。
「……ちょっと……
進化、早くない……?」
オチルは不安になった。
(でも……
このまま止めるのも可哀想だし……)
そう思ってしまうのが、オチルである。
「えっと……
ほんの……
ちょっとだけ……」
進退ステッキを、そっと振った。
ピコン♪
進化レベル
+1
「……え?」
次の瞬間。
監視映像が切り替わる。
街。
人間。
そして――
スーツを着た多眼二足歩行生物。
「えっ!?」
そいつは普通に会社に通勤していた。
「えええええええええ!!??」
その時。
「緊急報告です」
冷静すぎる声が響いた。
オチルが振り向くと、
そこには無表情の女性天使が立っていた。
「情報・監査担当、テナレテルです」
彼女の背後には、
世界中の異常ログが滝のように流れている。
「進退管理課で、
知性進化を1段階飛ばしましたね?」
「と、飛ばしてません!
ちょっと触っただけで……」
「それを“飛ばした”と言います」
即答だった。
さらに、もう一人。
「オチル……大丈夫ですか?」
優しい声。
ふわっとした空気。
「無理しないでくださいね」
イエルだった。
オチルは思わず泣きそうになる。
「イ、イエルさん……
世界が……なんか……」
「ええ。
ちょっとだけ、終わり始めてますね」
さらっと言うな。
テナレテルが淡々と報告する。
「現在、
進化した生物が人類社会に自然溶け込み中」
「えっ、自然に!?」
「はい。
違和感を感じていないのが、
一番の問題です」
「怖い怖い怖い!!」
さらに警報。
《クレーム受信》
《最近、同僚の目が多い気がします》
《上司が壁に張り付いています》
《神は何してるんですか》
オチルは頭を抱えた。
「ぼ、僕……
まだ5分しか仕事してません……」
イエルがそっと肩に手を置く。
「大丈夫ですよ、オチル。
最初はみんな失敗します」
「フォローになってません……」
テナレテルが続ける。
「対処案を提示します」
進化を戻す
記憶を改変
なかったことにする
「……どれが一番マシですか……?」
「どれも最悪です」
即答(二回目)。
オチルは、震える手で進退ステッキを握った。
「……神って……
こんな……
世界を壊す仕事だったんですね……」
「はい」
テナレテル。
「でも、壊したのはオチルです」
「優しく言ってぇ!!」
こうして――
神オチルの初仕事は、
世界に取り返しのつかない“違和感”を残した。
そして天界では、
サロンパス12神が今日も平和にお茶を飲んでいた。
「なんか地上、騒がしいな」
「まあ、絶対神が何とかするだろ」
――その絶対神は、今、泣いている。




