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3話 夢の中 夢の続きとどぶさらい

 目を覚ますと、古い木の匂いに包まれていた。いつもとは見知らぬ部屋に一瞬動揺する。淡い朝の光が白いカーテンから漏れて、古い家具がその光を優しく反射していた。記憶にない……が思い返すと、昨日の夢の続きだと気がつく。

 それほど長く生きているわけではないのに故郷に帰って来たような懐かしく感じる。そして、バターを焼いた甘い匂いが漂ってくる。

 目をこすりながら、宿屋『森の隠れ家』の食堂に向かう。給仕をしている、昨日受付にいた女の子が僕を見ると目を見開き、慌てて口を開いた。


「お、お客さん! 服着てください!」


 僕は目線を下げて自分の体を見ると、キャミソールみたいな肩から紐がぶら下がった下着にステテコを履いていた。胸の凹凸はささやかなものだし、ぶっちゃけ、朝の妹の格好はいつもこんな格好どころか、ステテコの所がパンツである。

 それに、どうせ夢でしょ、というところもある。

 だから気にしないで食堂に来たのだが、他の客からも、うわぁー、と言わんばかりの視線である。女連れの男は僕を凝視して頭を叩かれていた。


「お客さん、寝ぼけすぎですよ! 部屋に戻って着替えましょう!」


 受付件給仕人の女の子に手を繋がれ、部屋に戻される。手が温かく柔らかかった。


 部屋に戻ると、女の子(と言っても僕より少しお姉さんなのだが)は慣れた手つきでクローゼットを開けた。

 木の扉の中には、白いシャツとベージュのズボン、そして小さな革の胸当て。

 夢なのに、サイズがぴったりだし、シャツやズボンの柔らかさ、固められた革製の胸当てが拳に当たるとカツンと音を奏でた。


「お客さん……えっと、マコトさんでしたよね? 一人で着られそう?」


 僕は、ええ、もう大丈夫です、などと答えると


「悪い冒険者の男の人に目をつけられちゃいますよ。しっかりしてください」


 ああ、そうか、夢の中では女の子だったな、と思うがどうしても他人事に感じるのだ。だって、夢なんだから、と。

 女の子か。

 その響きが、心に奇妙に引っかかった。

 確かに夢の中では女の子の姿。でも、実感がない。

 それでも、なぜか息がしやすい気がした。現実よりも、少しだけ。

 ふと、服を取り出してくれたお姉さんに疑問に思ったことを口に出す。


「冒険者?」


 お姉さんは少し呆れたように笑い、説明を始めた。

 要するに、冒険者とはいわゆる街の何でも屋らしい。

 魔物退治から荷物運び、迷子の捜索まで、依頼があれば何でも請け負う。

 そして、冒険者ギルドという組織が、それを統括しており、その冒険者ギルドの支部はこの街の中にある。


「冒険者ギルド……」


 その単語を口にすると、どこか懐かしいような感覚が胸をくすぐった。

 ゲームや小説の世界で何度も見たのフィクションの中での言葉なのに、なぜか、自分にとってもっと現実的な響きを持っていた。


 服を着終え、鏡の前に立つ。

 映っているのは、自分ではない。

 ぶっちぎりの美少女だ。金髪に青色の瞳、アニメの世界にしかいないような可憐な少女。

 けれど……不思議なほどに違和感がない。

 性欲すら感じてもいいはずなのに、心は落ち着いていた。妹や母の若い頃にも似ていたからかもしれない。

 鏡に映る二つの瞳の奥には確かに、自分がいた。


「ステータス……オープン」


 口にした瞬間、視界の前に淡い光の板が浮かび上がった。

 まるで空間にガラスのスクリーンが現れたようだ。

 そこには、文字が並んでいた。


名前:マコト アズマヤ

レベル2

性別:女

EXP:18 / 50

HP:28 / 28

MP:6 / 6

身長:150 cm

体重:69.8kg

筋力:6

魔力 : 2

敏捷:4

知力 : 4

耐久:7

魅力:4

スキル : 格闘Lv1


 気になっていたのは体重だ。現実の自分とほぼ同じだった。0.2キロなんて誤差みたいなものだけど。

 不思議なことに鏡の中の身体はすらりとして、どこにも太っている部分などない。


 どういうことだろう。


 まあ、夢だから理想の自分に形だけでもなれるということだろうか。女の子になりたい、という意味ではないけど、こんな風に、誰かがチヤホヤしてくれるような容姿になりたい、という気持ちは確かにある。

 とりあえず、朝ごはんが冷える前に食べよう。

 食堂に戻ると、焼き立てのパンの香りが広がっていた。

 よく焼かれて切り分けられた肉にナイフを入れると、ふわりと熱い湯気が立ちのぼり、肉汁があふれた。絶対これ美味しいやつ、とゴクリと唾を飲んだ。

 ひと口かじった瞬間、やっぱり、心の中で思わずつぶやくほど、口の中いっぱいに幸せが広がった。

 夢の中の朝ごはんは、現実の朝ごはんよりずっと美味しかった。それが、少し悲しかった。


 給仕をする女の子から教えてもらった冒険者ギルド支部の建物へたどり着く。

 腰に剣や斧をぶら下げた屈強な男たち、三角帽子を被りローブを羽織った女がミミズのような字が張り巡らされた本を読み、椅子に座り使い古した弓の弦を面倒そうに張り替えている耳の尖った金髪の美女、子供に見えるのにお酒を豪快に飲み干す者、人間だと思ったら動物の耳が髪の毛から飛び出してぴょこぴょこと向きを変えた。

 その建物の中には多種多様な人種がおり、血生臭そうな物を持っているのに、ゲームの世界に来たようでワクワクしてしまう。

 受付業務をしている女性に声をかける。


「冒険者になるにはどうしたらいいですか」


「冒険者登録をご希望ということですか?」


 受付のお姉さんは冒険者のルールを大雑把に教えてくれた。ようは、冒険者同士やギルド職員ともめるな、街の人に迷惑をかけるなとか、そんな感じの一般常識的なものだ。

 一通り説明を終えると


「こちらの紙にご記入して最後に署名をしてください」


 そう受付のお姉さんから紙を渡されたその瞬間、 夢の中の出来事なのに、とペンを持つ手が微かに震える。

 何かが始まる予感が、確かにあった。


 紙に名前を書いた瞬間、何か起こるわけではないが、これから始まることを想像すると、白黒だった感情が急に彩られていく

 受付のお姉さんは微笑みながら、硬い革のカードを差し出した。


「これであなたも冒険者に仲間入りですね。向こうのクエストボードにあなたのようなGランクの冒険者でも受けられる依頼があります。スライム退治だとか街のどぶさらい……」


「どぶさらい!」


 僕の大きな声と輝かせた笑みに受付嬢は驚いた。

 冒険者ギルドのどぶさらいといえば異世界を描いたライトノベルの定番である。それが体験できるとなれば、やはり心が躍った。

 私はどぶさらいの依頼を受け取ると、


「道具、ないですよね? 奉仕作業にあたるので、ギルドでスコップやクワを貸し出してますがお使いになられますか?」


「ぜひ!」


 このあと、作業でとんでもなく後悔することとなるのだが、素敵なものをプレゼントされたようなものすごく良い笑顔になっていた自分を感じた。




 どぶさらい、いわゆる側溝に溜まって泥や汚れの清掃だ。道具を使って泥などを取り除き、そこを通る雨水などの通りを良くし、悪臭や詰まりをなくする作業だ。

 夢の中のどぶさらい作業というやつは、側溝の底には泥だけでなく、腐った野菜くずや、得体の知れないモンスターの残骸まで混じっている。

 最初の三十分で、腕が鉛のように重くなった。


 汗が流れ、服が汚れ、気づけばズボンの裾もびしょ濡れ。

 けれど、不思議と嫌じゃなかった。

 息が上がるたび、胸の奥のモヤモヤが少しずつ薄れていく気がした。

 

 どうせ汚れるし、動きも制限されるからと、防具も服も脱ぎ捨て、ズボンを履いただけの下着姿で作業をする。ジロジロと男たちが見てくるが、どうせ夢の中だからどうでもいい。

 何度も休憩を挟み、終わりの見えない作業を夕暮れまで続けた。

 

 スコップを泥に突き刺したまま、手のひらを見つめる。

 白い少女の指が、夕日のように赤くなっていた。


 とりあえず道具を返しに冒険者ギルドの受付のお姉さんに顔を見せると、


「な、なんて格好で作業していたんですか!」


と怒られてしまった。さらに、


「こんな時間にまで、そんな姿になって作業していたことは、相当頑張っていたのかなと思いますけど、女の子としてダメでしょ! 変な男に襲われるわよ!」


と心配もされた。

 作業は真面目にやっていたことや、本来やるべき量を超えていたことも調べられ、その日の報酬ももらった。


「9000ゴールドか」


 大変さからすれば少ないと思った。だが、不思議と達成感があった。そんな時、ファンファーレが頭の中に響き、ポップアップ表示が目の前に起きた。


 クエスト達成

 冒険者ギルドのどぶさらい作業の規定量を超える


 報酬 +50exp、HP +4、筋力+1、敏捷+1、追加報酬金5000ゴールド、生活魔法クリーンを覚えた


 レベルアップ


名前:マコト アズマヤ

レベル3

性別:女

EXP:18 / 100

HP:36/ 36

MP:10 / 10

身長:150 cm

体重:69.3kg

筋力:6→9

魔力 : 2→4

敏捷:4→6

知力 : 4

耐久:7→8

魅力:4→5

スキル : 格闘Lv1、生活魔法[クリーン]


 ポップアップされたステータス画面に僕は驚いた。ステータスの項目が上がっていた。目に見える変化は嬉しい。さらに追加の5000ゴールドにも目を輝かせた。

 そして覚えた生活魔法もなんとなく効果はわかるが使ってみたいと思った。なんせ、魔法なんてまさにロマンだろう。

 耐えきれず僕は

「クリーン……!」

と 唱えた瞬間、指先から淡い光が弾け、泥だらけだった肌も、ボロボロのズボンも、まるで新品のように磨き上げられた。 漂っていたどぶの臭いが消え、代わりに鏡の中の少女から、石鹸のような清々しい香りが立ち上る。一種の感動しか芽生える隙がない。


 体重は、まあ昼ごはん食べずにやったから、食事をすれば元に戻るだろう。それでも、変化は楽しい。


 夢の中での僕は、ちゃんと生きていた。

 泥だらけになって、臭くなって、ギルドの受付のお姉さんに怒られて……。

 立ち止まっていた自分が『何かをした』という手応えが、疲れた体の中で、妙に心地良かった。

 感想など頂けると今後の参考になりますので助かります。


 小説家になろうの異世界もので、どぶさらいが出てくるけれど、どぶさらいのイメージがよくわからないなあ、と思って色々調べたら、側溝の掃除が該当することを最近知りました。

 私がやったことのあるのは乾燥し切った春先に土をスコップで掘り出したりする側溝の掃除です。その時に何度か作業中にクワがあるといいなと思いました。でも、年に一度ぐらいしかやらない作業のためにクワを購入というのも、と思い、手を出しませんでしたが、絶対クワ、便利だろうなと思いました。でも、力加減を間違えると側溝がら割れそう……

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