35話 現実 一先ず、エピローグ
橘こはる
私は土砂崩れに巻き込まれるはずだった。
そして、東屋君が私を突き飛ばして、土砂崩れの範囲外に出してくれたおかげで、今生きている。
誠君の妹さんのハルカちゃんは、
「あのバカ兄貴、いくら非常時だからって、こはるさんを投げるだなんて、おかしいでしょ。怪我ない?」
と言って、震える手で私の体を触っていた。ハルカちゃんの顔はずっと下を向いたままだった。
警察に消防隊員、地元の消防団のおじさん達が私たちが指差した場所を必死に掘り起こしていた。
その頃にはお父さんもお母さんも来て、私の手を強く握りしめていた。
横を見ると、俯いたままのハルカちゃんに、東屋君のお父さんとお母さんが、東屋君のいるだろう場所の土砂をじっと見つめていた。
私が東屋君の両親に、彼に助けてもらったことを伝えると、
「そうだったんだ」
彼の父さんはそう淡々と短く、でも奥歯を噛み締めるように答え、
「マコトは運が悪かっただけだよ。気にしちゃダメよ」
東屋君のお母さんはそう静かに答え、責めることはなく、私を罵ってくれなかった。東屋君が私を見捨てて一人で走って逃げれば、助かっていたのに。そう思うと、胸が苦しい。
捜索している人が声を上げた。
「ここにいる!」
「しっかりしろ!」
「今助けるぞ!」
声が上がり、東屋君の家族が顔を上げて、黄色い規制線を揺らした。
「息がある!」
「担架持ってきて!」
私は担架乗せられた人を見て息を呑んだ。
あれは……違う。東屋君じゃない。
東屋君のお母さんが顔を両手で、押さえ膝をついてしまった。東屋君のお父さんが背中をさすっていた。
東屋君のお母さんが嗚咽をしながら、
「……良かった、マコトが、生きてた」
私はギョッとして二人を見た。その時、ハルカちゃんの顔も私と同じような顔をしていた。
なぜなら、担架に乗せらた子は、私と同じくらいの年の金髪の女の子だったからだ。
ーーー
東屋誠
夏休みは無情にも終わってしまった。
土砂崩れに巻き込まれて、僕は入院生活を余儀なくされていたからだ。
酸欠で障害があるかもと言われていたが、不思議なことにそのようなことはなかった。
しかし、障害の代わりに、性別が変わっていた。いや、そもそも見た目が夢の中の自分と同じなのだ。金髪に青い瞳、妹のハルカになんとなく顔つきは近いけれど……。美少女になった。付き合えない美少女になってなんの得がある? 数日見たら飽きる。
しばらくその姿で生活して、ケットシーの忠告を思い出した。あいつ、遠回しに
「この条件で復元すると女の子になっちゃうよ? でも、このままだと完全に死んじゃうから仕方ないよね? 僕は猫に生まれ変わるのがおすすめだよ?」
と言っていたんだ。あのやろー! あの猫、僕が男であることを知っていたから、わざわざ、マコトくんと言っていたんだ。
猫なんて選ばないし! なんてやつだ!
まあ、それは置いておいて、僕の性別のことは、どうやら昔から女の子だったとして周りが認識していた。
だから、今年の一学期まで僕の両親は、僕がすごく太った女の子で、制服は男子用のを無理やり着ているかなりやばい子、というイメージであった。
最近は、僕も前よりまともに話ができるようになったから、母さんから小言のようにスカート姿が見たいと言われるようになった。
でも、ハルカと橘さん、颯太君は、僕が男だったと認識していて、しばらく僕のことを、本当に誠であるのか、と疑っていた。
そもそもなんで他の人たち、いや記録までもが僕が女の子だったということになっているのか、わからない。
でも、そうなってしまったのだから、仕方ない。
普段ならもっと落ち着いて考えたりするのだけど、今日は大目に見て欲しい。今日から僕は二学期が始まるのだ。
僕はこれから、クラスメイトから登校時は謎の美少女が現れたとか思われ、席に着けば、あのデブのマコトが!?、と騒がれ、最悪男子から変な色目で見られるのだ。
想像するだけで身の毛がよだつ。
そんなことを考えながら、朝食を口に放り込み、牛乳で流し込む。
「マコっちゃーん! 来たよー!」
アカリさんみたいに橘さんが僕を呼ぶ。東屋君と呼ばれると周りが変な顔をするので、呼び方を変えてもらったらこうなった。
でも、確かに幼稚園の時に僕をそう呼んでいた女の子がいた。それが橘さんだったんだ。
「女子の制服すごく似合うよ。だんだん、私も慣れてきたけれど、びっくりするほど綺麗だよね。天使みたい」
僕の中学校には女子にもスラックスが制服として存在するけれど、着ている女子はいない。男子用の制服を着ていたことになっている僕は余計に浮いていたらしい。
周りから浮くのは良くない。だから、女子用の制服で、当然スカートの一択しかあり得ない。
僕が男であることを覚えているハルカも、男であることを覚えていないお母さんもスカートを強く勧めてきた。
慣れないスカートはやはり股下がすごく風通しが良すぎた。スパッツを履いて少しでも違和感を無くすことにした。
「橘さん、そんなふうに褒めても何も出ないよ。そもそもあんまり嬉しくないし……」
「でも、私は天使みたいなマコっちゃんも好きだよ。昔みたいでさ」
「えっ、なにそれ」
「小さい時の写真見たことないの?」
橘さんは僕をからかいながら一緒になって歩く。
小さい時の写真、見たことはあるけれど、小さい子は大体天使の様に可愛いものだよ。
「私は、ずっと味方だから」
きっと、橘さんは。僕が土砂崩れで身代わりになって、こんなわけのわからないことになってしまったことを気に病んでいるのだろう。
確かに逆の立場なら僕も毎日様子を観に行ったり遊びに誘おうとするかもしれない。
というか、本当に橘さんはほぼ毎日様子を見にきてくれた。
だけどさ、顔がさ、時々怖い。
なんかヤンデレみたいな、もしくは闇落ちしそうな顔をしていた。決心が重すぎる。
そんなふうに心配していると橘さんは、僕の不安な視線にはっとして普通の顔に戻った。
僕と橘さんは一緒に歩く。
一か月前は一人で登下校した道だ。
誰かと歩くとそれだけで、乗り気でなかった気持ちが明るくなっていく。
時々、道ゆく人が僕に視線を向ける。
あんな子いたかな?
そんな視線だ。一瞬にしては少し長い。何度見かする人もいる。
「目立つよね……」
「そうだね、マコっちゃん可愛いし、ハーフっぽい感じがさ、また……ね」
「どう見ても日本人でしょ」
「マコっちゃん、視力落ちたんじゃない? 一緒に眼科行こう?」
そんなやりとりをしていると、信号待ちの時、小学生の低学年の子に声をかけられた。
「お姉ちゃん、どこの国から来たの?」
ほら、と含み笑いをする橘さんの顔が横に見えた。
「私は日本だよ」
「日本語上手だね! 日本に住んでいる外人さんなんだ! お人形さんみたいで可愛いね、となりのお姉ちゃんも! 大きくなったら私もキレイになれるかな?」
笑いを堪えていた橘さんは急に顔が赤くなった。
「きっとなれるよ。ほら信号は青だよ」
僕がそう言うと、じゃーねー、と小学生が走り去っていった。ほんと、小学生は元気があっていいなあ。
「めっちゃかわいい」
「うん」
「橘さんが」
「またそうやってからかうんだから!」
「でも僕は、本当に橘さんのこと、可愛いし素敵だなと思うよ。もし……」
「もし?」
息を呑んだ。でも、僕を支えようと必死な橘さんに感謝の気持ちを伝えるべきだと思った。
現実世界で女の子になってから不安で辛いところに、ほぼ毎日訪ねてきてずっと話し相手になってくれたり、こうやって登校するのが不安でいっぱいなのについてきてくれている。
「僕が男の子に戻れたら、付き合ってくれたらすごく嬉しいくらい、素敵だと思うよ」
そう言うと、さらに顔を赤められてプイっと僕の反対方向に顔を向けた。
「そういうことは夏祭りの手前くらいに戻ってから言ってくれないかな」
そう言って、橘さんが口を小さく動かした。
「じゃあ、今から付き合っちゃう?」
橘さんと僕の時間が一瞬だけ止まった。その瞬間の橘さんの顔がとても恥ずかしそうで、見ている僕ですら恥ずかしくなるような、見たことのない表情だった。
乾いた鐘の音が響いた。
うちの中学校の予鈴の音だ。
「……ヤバい。遅刻する」
タイミングが悪いなと思う。きっと、橘さんもそうだろう。
僕は橘さんの手を握り締め、走り出す。
橘さんのギュッと握り返す手が、柔らかく、そして心地良い暖かさだった。
不恰好だった自分が、夢の世界とこの世界を行き来して、このままじゃいけない、変わらなきゃ、と一生懸命努力した。
努力は無駄じゃなかった。
痩せなきゃいけないという問題だけじゃない。僕の自分に甘い性格や、自分はみんなに嫌われているんだという幻想から抜け出すことができた。
少しだけ、前向きな性格になれたと思う。
デブだった僕が、夢で美少女冒険者になったら、現実でもこんな風に……これ以上ないほど見た目も性別も『変わって』しまったけれど。
校門の前で一瞬だけ足が止まろうとする。
それでも、僕は橘さんの手を離さず、中へ踏み出した。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
続きも余力があればぜひ書きたいと思っています。
誠が学校でどんなドタバタに巻き込まれ、夢の世界ではどんなことに挑戦したり、はたまた冒険に飛び出したりし、誠がどう成長していくかを想像すると、作者である私自身もワクワクが止まりません。
私がこの物語で描きたかったのは、ぼたもちでもらった力で無双する快感ではなく、ステータスではどうにもならない『自分の尊厳の再生』でした。
13歳の誠君にとって、自分を肯定し直すという作業は、あまりに過酷だったと思います。
誰かの助けやステータスの恩恵があったとしても、最後に道を選ぶのは彼自身の意思だからです。
そんな誠君の歩みを、私の趣味趣向であるTSジャンルで、私なりに書き切ることができてよかったです。
【読者の皆様へお願い】
もし『面白かった』『誠の今後を応援したい』と感じていただけましたら、ページ下部の『☆☆☆☆☆』から評価をいただけますと幸いです。
ご存知の方もいらっしゃいますが、私はなろうチアーズプログラムによる収益化をしていません。皆様の星一つ一つが、執筆の支えであり、最高の報酬となります。
星も嬉しいのですが、何よりも読者の皆様の感想やリアクションが執筆の原動力となっています。
今後の作品制作の参考にさせていただきますので、ぜひ一言いただけると幸いです。
最後に、報酬もないにも関わらず、黙々と誤字脱字の報告をしてくださった皆様。皆様の支えがあって、この作品は最後まで走り抜けることができました。
心より感謝申し上げます。
それでは、また誠たちの物語でお会いできることを願って。
※本日、配信モノをテーマにした短編小説をアップロードしました。
視聴者ゼロから始まる、少し変わった配信の話です。
あらすじも頑張ったので、合わせて読んでいただけたら嬉しいです。
タイトルは
『コメントをいただけると嬉しいです』
作者ページか、リンクからお進みください。




