34話 夢の中?
目を覚ますと、月明かりだけが照らす、真っ暗な部屋の中だった。
かけられた布団を剥いで体を確認すると、見覚えのあるチュニック。
周りにはベッドがあるが誰もいない。
身に覚えがある部屋だ。冒険者ギルドの医務室だ。
ああ、そうか夢の中なのか、と思いながらベッドから出て立ち上がる。
つけていた治療院のエプロンや革の胸当て、鉄の棒はどこにもなかった。
扉を開けて医務室から出る。深夜だからだろうか、冒険者ギルドはとても静かだ。受付にも誰もいない。
もしかしたら、僕だけ休まさせられて、みんな帰ったのかもしれない、そう思いながら、ギルドの出入り口に手をかける。鍵はかかっていなかった。
不用心だな、と思いながらギルドのドアを開けて外に出た。
とりあえず、宿屋『森の隠れ家』に行こう。
僕はいつもの石畳の道を月明かりを頼りに歩く。
いつも通っていた道なのに、いつもの道じゃないように感じ始めた。
僕のだけ足音が、街の壁に反響していた。まるで僕しかこの街にいないかのように。
おかしい、メイン通りの方へ歩き始める。
小さい路地を抜けて大きな通りに出た。そう思っていたが、大きな通りではなく、広場だった。
とっくに噴水が止まっているはずの時間なのに噴水の水が噴き出していて、水のはねる音が無人の広場に響いていた。
知っている広場ではないのか?
でも、ここはどこかで見たことがある。
そこで、僕は改めて広場を見渡した。
噴水から少し離れたところにある大きな木箱の上に、人のような大きさの黒い猫が、腰をかけてこっくり、こっくりと舟を漕いでいる。
その猫をどこかで見たような気がして近づくと、大きな猫は目を開けた。金色の、吸い込まれるような瞳。
ケットシー?
僕がそう思うと、猫は人のように両手をあげてあくびをする。猫だから両前足か。
「んー。よく寝た。マコトくんだっけ? こんなところにどうしたの?」
「うわ、しゃべった」
僕は後ろにのけぞった。
「猫だってしゃべってもいいじゃない。猫だもの」
「猫はしゃべれないから!」
「それにしても、そのうちここに来るかなとは思っていたんだけどやっぱり来ちゃったんだね」
「ここはどういう?」
「えっ、人間辞めたくなったんでしょ?」
ギルドの受付のアンナさんの言っていた通り、ケットシーは人間を猫にしちゃうんだ。
「いやいや、猫になりたくないし」
「人間嫌になって自殺したんでしょ? 消え去りたいという気持ちは感じてからわかっているよ? 死ななくても別に一言言ってくれたら生きたまま猫にしてあげるのに……え? 自殺じゃないの?」
そう言われて、現実世界で土砂崩れに巻き込まれたことを思い出した。
「自殺なんて、してない」
「でも、死んでいる……よね? それなら、なんでここに来れるの?」
そもそも僕が死んだかなんてわからないし、ここもさまよって入り込んだだけ。
ケットシーが金色の瞳が一回転、そして反対方向に二回転半、そしてまた元に戻る。
「そうか、そのスキルか……絆の連結か……。じゃあ君は、僕に助けを求めたということかな、君自身は自発的に望んでいないけれど」
「それはどういう?」
「そのスキルはね、縁を糸みたいに辿って、向こう側から力を引っ張ってくる性質がある。
低レベルなら、相手の気持ちがなんとなくわかる程度。
でも、レベルが上がると、技を借りたり……こうやって、精霊のところまで糸を伸ばしてくることもある」
ケットシーのその説明に僕はなんとなく身に覚えがあった。
最近、妙に相手の気持ちに気がついたり、気が利くと言われたり、そして、一度も使ったことのないマッスルさんの技が使えた。
「僕は余程のモノ以外は来るもの去るもの拒まないから、別に迷惑じゃないんだけど……僕が積極的に何か手助けするのは好きじゃないんだよね。
ほら、みんなムスッとしているでしょ」
みんな? 僕はその声を聞いて周りを振り向く。
あの時、歓迎会というお祭り騒ぎをしてくれた猫達が、物陰から無数に頭を出してこちらを見ていた。
「みんな、猫になったんだよ、人間として生きるのが嫌になって。
でも、卑しくも、どこかで人間に戻りたい気持ちがあるんだ。戻りたかったら勝手に戻っていいと言っているんだけどね。
だから、君だけ僕がこの瞬間に生き返すことはとっても不公平なんだよ。
みんな、あの瞬間の不幸の助けを求めた時に、なんで助けてくれなかった、ってね」
その話を聞くと、このケットシーが悪魔のように見えた。精霊と自分で言っているけれど、何かドロドロとした悪意のある何かに見える。
そして、未練がましい猫達の顔も……
「まあ、君の願い、元の世界での蘇生を叶えたなら、きっと僕は彼らから苦情まみれになる。それに、猫でもなければ猫になるつもりもない君を助ける理由はない」
無数にある猫の頭が物陰にそっと隠れた。
「それに、君は自分でなんとかできるはずじゃないかな。こうやって、会話のできる僕とまた縁を深めたことだしね」
「えっ、どういうこと?」
僕の前にウィンドウがポップアップされた。
絆の連結Lv3→絆の連結Lv5
絆の連結Lv5の権能を承認
現在の世界の体をバックアップし、別世界の体を復元しますか?
「あっ」
僕は息を呑んだ。
体の復元……つまり、生きている状態に戻す、という意味にしか見えない。
「君は絆の連結のレベルを上げた。精霊と話して絆を深めるなんて中々できないからね。
それに、君の絆は異世界同士の自分にもあるということだよ。でも……」
ケットシーは三日月みたいに口を釣り上げる。
「スキルには期待しすぎないようにね。
スキルは嘘をつかない。ただ、説明書を読まない人には微笑まないってやつかな」
僕は、ケットシーの顔になんともいい難い恐怖を感じて後ろに下がる。
「ほら、傷は治っても、失った血までは戻らないとか。それで、結局死んじゃったり、しゃべれなくなる人とか。回復魔法にそういう仕様って、よくあるでしょ?」
ふと、ユキさんの火傷の治療のことを思い出す。あの時、咄嗟に回復魔法を使おうとしたら、そのまま普通に治療すると傷が残ることを教えられた。
「僕は伝えたからね。
それと、君が前まで消え去りたいという気持ちがすっかりなくなっていることも、本当は知っているよ。
君は僕らと違って、すごく頑張ったんだね」
ケットシーは木箱から降りて二足歩行で歩き始める。すると影に隠れていた猫達はケットシーの周りに集まり付いていく。
「今日はアドバイスをしすぎたなあ。お代として魂……は冗談。まあ、君はちょっと珍しいから。
ここに来る人間はたいてい、もう立ち上がる気なんて残ってないんだけど……君は、まだ足を止めていなかった。
だから、少しだけ肩入れしたくなったんだよ。
次のお祭りの時に、君がちょっと恥ずかしくなるようなダンスで手を打とう。
みんなもそれなら納得だろう?」
ニャーニャーと猫達は喉を鳴らしながら、ケットシーに離れずついていく。ケットシー達は広場から遠くの路地に入り、暗がりに消えていく。
「スキルを信じすぎるな、か。でも、これを使わないと、現実の僕は……死んだまま……」
僕は、ポップアップウィンドウを見つめ、家族や橘さん達のことを思う。 ケットシーの不気味な忠告に、指先が微かに震えた。
でも、それ以上に僕を突き動かしたのは、自分への意地だった。
雨の日も風の日も、泥を跳ね上げながら走り続けたあの日々。吐き気がするほど自分を追い込み、少しずつ変わっていく自分の体に、どれほどの喜びを感じてきたか。
でも、一番大事なのは、体じゃない。
痩せたことじゃない。
変わりたいと願って積み上げてきたあの努力を……少しだけ前向きになった心を……、やっと、ほんの少し自信が持てた自分自身をここで終わりにしたくない。
みんなにまた会いたい。そして、僕が僕として生きる時間を、もっと、もっと刻みたい。 そう強く願って、僕は、はいの文字を、震える指で力強く押し込んだ。
すると、強い光が空から差し込む。
石畳でできた広場がボロボロと崩れ出して白く塗りつぶされていく。
やがて、何も見えなくなった。
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明日21時の更新で最終話を予定しています。




