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32話 夢の中 今日、僕は死ぬ

 朝起きる。木製の家具が並ぶ部屋を見て夢の世界に戻ってきたと確信した。ベッドから起き上がり、宿屋の食堂に行き、すぐに食事を取って部屋に戻る。

 いつもの服に、久しぶりにつける胸当ての革紐を締めながら、僕は一度だけ深く息を吸う。

 いつもの服の上に重ねた胸当ては、ひどく冷たく感じた。


 短い鉄の棒を手に取る。いつも素振りに使っていたものだ。でも、これが僕の唯一の武器だ。

 手に握ると、とても馴染む。


 階段を降りて、片付けをするユキさんに出会う。今日は給仕の格好ではなかった。髪をまとめ、動きやすい、パンツルックだった。


「今日は多分戻ってこれないから、鍵閉めてね」


 ユキさんは返事をしなかった。


「もし、僕が助けを求めてきたら、誰かが僕をダシにして連れてきているだけだから、絶対に開けないでね。マッスルさんにも伝えてね」


 ユキさんはうつむいていた。返事は、待っていられない。


「じゃあ、行ってきます」


 こんな時だからこそ、僕は無理やり笑顔を作り、ユキさんに向ける。そして、宿屋森の隠れ家の扉を閉めた。




 冒険者ギルドにたどり着くと、すでに医務室の外の受付のテーブルのそばまで、寝かされた冒険者たちがいた。

 血の匂い。

 呻き声。

 床に敷かれた布の上で、何人もの人間が息をすることだけに必死になっている。


「マコト! はやくエプロン着て! 着ないと誰が治療できるスタッフなのかわからなくなる!」


 僕よりもはるかに小さい小学生低学年くらいの背丈しかない男女どちらにでも見えるスチュアート先輩にエプロンを投げて渡される。

 僕は受け取って広げる。


「これ、見習いの文字ありません」


「君はとっくに見習いの域じゃないよ。さあ、早く着て」


 スチュアート先輩は右手の親指を立てた。

 見習いではないよ、と言われたという誇らしさと同時に、一人前として見られると思うと責任が重くのしかかっている。

 エプロンを身につけながら、スチュアート先輩の様子を見る。

 魔女みたいな黒い三角帽子は脱ぎ捨てられ、袖は血で染まっていた。

 手を伸ばした先に暖かい光が生まれ、その光を浴びた血だらけの負傷者の傷が塞がり、息が緩やかになる。


 僕は横たわった重傷の冒険者の元に駆け寄り治療を始める。


 10人以上の命を取り止め、先程運ばれてきた重傷者を見る。見覚えがあった。白い子猫を探している時に声を掛けた冒険者だ。


「……腹部裂傷。出血量が多い」


 息が弱く、もう手の施しようがない。


 この場から逃げたい


 ふと、そんな考えが浮かぶ。

 同時に、それを自分で踏み潰す。


 せめて、楽に息を引き取れるように、痛みを抑える魔法をかけ、たまりつつあった涙を袖で拭き取り、次の重傷者のところへ向かった。


 スチュアート先輩が魔法を使い切りかけてはMP回復用のポーションを口にあおっていた。そして時折ひたいを抑えていた。MPが回復されても、魔法を行使した際の頭の疲労は溜まっていく一方だ。

 でも、決して手を止めない。間に合わない人が一人でも出ないために。

 僕もMPポーションを飲み干した、急患、と叫ぶ声の方に目を向けて小走りをする。


「正門で、何匹かに抜かれちまった……」


 運び込まれてきた冒険者が、血泡を浮かべながら言った。腹から血が溢れている。肝臓だろう。止血する手を離せばすぐに命がこぼれ落ちる。


「鬼人……思ったより……多い……」


 その言葉に、医務室の空気が一段重くなる。その冒険者にスチュアート先輩が駆け寄る。


「いいからもうしゃべるな。これから治療するから、治ったらその残党狩り頼むぞ」


 僕はクリーンをかけ折りたたんだ布を、その冒険者の腹に置いて、冒険者の手をその上に置く。すぐに血がにじんでくる


「そこから手を離さないで」


 そう言って、また別の重傷者のところへ向かいながら、比較的軽い方の重傷の者に、自然治癒力が上がる魔法をかけていく。集中して治療をする回復魔法よりもあまりMPを使わず、体のダメージを癒してくれる。


 とうとう、街の中に鬼人が入ってきたんだ。

 治療しながら、少しでも治療院で戦える人を増やさないと……。


 次の瞬間。乱暴にドアが開かれた。鋭い音が響いた。更なる重症者が来たか、とそちらに目を向ける


 その者は肌が赤く、ツノがあり、金属製の胸当てを着込んでいた。僕と同じくらいの身長で、160センチメートルないくらいだ。人間の匂いではない、森の中を駆けて野生の肉を食らってきた獣臭さが風に乗って入ってくる。


 鬼人だ。


 血の匂いを嗅いでここまで着いてきたのか、負傷した冒険者を追いかけてきたのか……


 近くにいた冒険者に刃物を突き刺した。

 びくんと痙攣する姿を見て、恐怖よりも、治療が無駄になろうとしている、そう怒りが溢れ出てくる。

 壁の端に立てかけていた短い鉄の棒を手に持った。

 僕は鬼人に走り寄り、棒を振り上げる。

 鬼人は僕に気付き、剣を振り上げて、僕よりも早く振り下ろした。

 しかし、剣がやや長かった。

 最高速度に達する前、剣は冒険者ギルドの天井近くの梁に刺さり、半ばで止まった。そのまま僕は鉄の棒を振り下ろし鬼人の振り上げた腕ごと頭を陥没させた。

 刺された冒険者に急いで回復魔法をかけながら、


「動ける人! 入り口の近くから人をずらすの手伝ってください!」


と声をかける。MPが脳みそから引っ張られて流れて落ちていく感覚に吐き気を感じた。

 何人かを引きずり、開けられて壊れたドアから赤色の鬼人が入ってくるのが見える。僕は鉄の棒を持ち正眼に構えるとまた、鬼人が僕に向かって剣を振り上げる。このままだと切られる。そう感じて一歩下がりながら棒を斜めに頭を守るように振り上げる。鬼人の振り下ろされた剣は床にめり込む。そのまま僕は棒を手首を返して勢いをつけて、鬼人の眉間に落とすと鬼人は苦悶の表情を浮かべる。

 このままだと殺される。また誰かが刺される。そう頭がささやき、鉄の棒を顔に叩きつけ転倒した鬼人に何度も振り下ろす。

 急に衝撃と共に上下が反転し、転がる。

 視界の端にもう一匹、さらにもう一匹の鬼人が現れる。その反対側の視界の隅で、スチュアート先輩が顔から汗を出しながら、回復魔法を重症者に唱えていた。


 立ち上がれ。


 このままだとみんな殺されるぞ。


 僕はふらつきながら立ち上がり、武器を強く握る。


 避けきれないほどの速さをイメージした、一歩の飛び込み。そして、鋭く鉄の棒を振り抜く。

 鬼人は鉄の棒を弾こうと武器をかざそうとするが、間に合わず、頭が割れる。

 そして、僕は他の鬼人に足を崩される。

 さらに別の鬼人が僕の体に絡みつき、武器を持つ手を抑える。

 僕の首に手を回される。


「あがっ」


 息ができない。それ以上に、脈が、血液を頭に送ろうとする脈が、無理やり締め付けられて、ドクっ、ドクっ、と強く脈打つのを感じた。


 腕を剥がせ。

 ここで終わるな。


 そう思った瞬間、


 ぐい、と顎が持ち上げられた。


 次の瞬間、

 乾いた音がした。


 骨が、鳴った。

 読んでいただきありがとうございました。

 感想、ブックマーク、評価等ありがとうございます。とても励みになっております。 


 映画『たそがれ清兵衛』のとあるシーンのオマージュを入れました。

 私はあれがすごい好きです。

 これが書きたいために、誠君に短い鉄の棒で素振りをさせました。

 嘘です。


 明日も21時に更新します。


追記

 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。

 自分の未熟さを痛感するばかりです。

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― 新着の感想 ―
まさか!?( ゜д゜) せっかく頑張ってきたのに、ここで終わるのか!?
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