27話 現実 好きな子の弟を助けたら、告白される夢を見たんだ 弟の方から
夢から目覚める。
起きた瞬間、達成感に満ちあふれていた。自分自身を『グッジョブ』と認めてあげたいような、むず痒い誇らしさが熱を持って体の中を巡っているようだった。
マッスルさんは宿が守れたことに心から感謝してくれ、宿賃を気にせず、いつまでも泊まってくれと言ってくれた。
でも、それを僕は断った。
『僕が困った時は、またパーティ組んでください』
その言葉に、また感極まってマッスルさんは目頭を抑えていた。
いつもより気分良く、朝がスタートする。
夏休みはまだ始まったばかりだ。中学校の課題もまだ残っているし、朝のランニングと素振り、医学の勉強。やりたいことがたくさんある。
とりあえず、ランニングだ。これをやめたら、ダイエットは継続できない。
ランニングを終えて上下素振りに正面素振りを行うと、父がそれを見ていた。
「すごく良くなっているよ。練習しすぎじゃないかい?」
一瞬、どきりとする。夢の中でめちゃくちゃ素振りしている。
「父さんの教え方が上手いだけだよ」
「マコトは謙遜をできる年齢になったんだな、偉いな」
そう言って、僕の木刀をよこせ、と指でちょいちょいと合図する。僕は木刀を渡すと
「今ので木刀渡してくるだなんてよくわかったな。それで、次は跳躍素振りを教える」
父が木刀を構えた瞬間、空気が少しだけ締まった気がした。
「木刀を振り上げると同時に、後ろにすり足で一歩分下がる。振り下ろすと同時に一歩前にすり足ででる」
父さんがそれを一度、二度見せる。ああ、これなら簡単だ、と思っていた。
「これを素早くして行うと、跳躍しているように見えてくる」
父さんはぴょんぴょん飛ぶように足が動き、木刀を振り上げ、振り下ろしているが、確かに足はすり足を速くしたような動きだった。
「これは素振りだけの練習だけじゃなくて、小手抜き面とか、面抜き面などの応じ技に繋がるから……ああ、先に左右面の練習をした方が良かったかな……あ、時間だ!」
父さんはそう言って木刀を押し付けるように渡して走っていってしまった。
とりあえず、ゆっくりやってみて、徐々に早くだなあ。
母さんにお金を渡されて、
「運動用のジャージと外で履くズボン買ってきなさい。流石に今着ているの限界でしょ?」
と言われて、買い物に行くこと、少し嫌だな、と思った。妹は友達の家で遊ぶそうなので前回みたいについてきてくれない。少しためらうと、
「ネットで買う? 試着した方が絶対にいいと思うけど」
そう母さんは困った顔をする。
仕方ない、ため息を吐いて一人で買い物に行くことにした。
家から近いところにある安めの衣料品店で服を買い、自宅に向かって歩く。蒸された暑い空気に、夕日の強い陽射しを浴びながら歩き、汗が出てくる。
「おい、キモ可愛いワンコいるぞ」
「マジで!? ウケるー!」
少し近くで男の子の声が聞こえた。
キモ可愛い犬か、と考えたら、たちばなさんの家のボクサー犬のジローを思い出した。ジローという名前だけど、前にタロウと犬を飼っていたのかな、とふと疑問に思った。
耳ざとく聞こえた笑い声に、嫌な予感がした。帰り道の方向だ。なるべく関わりたくない。俯いて歩こうとした、その時
「や、やめてください」
聞いたことのある声だった。たちばなさんの弟君の声だ。
声の方向に目を向けると、中学生くらいの少年二人が靴の裏でゆっくりと押そうとしていた。
ジローは遊んでもらえているから喜んでいたけれど、たちばなさんの弟君が手綱を引き、困った顔をしていたので、徐々に空気を読み、低い声を鳴らし始めた。
「え、なに? 人間様に逆らうの?」
と片方の少年がケラケラと笑い、ジローを蹴った。
「まさか、噛まないよな? 噛んだら保健所送りなんだから!」
さらに強い蹴りが入る。
ジローの鳴き声が家の外壁に響く。
よく見れば、クラスメイトの鮫島と板垣だ。夏休みだからからイキって髪を染めていた。
僕をデブだからと雑用をさせては僕を使って笑いをとって、気に入らない同級生に拳を使った嫌がらせして……夏休みに見たくない奴らだ。
「やめてよ!」
「ガキンチョのくせにうぜぇんだよ!」
ニヤニヤした、反撃なんてされないと思い込んだ優越感に浸った顔で鮫島が弟君の頭を掴みかかろうとした。僕はその瞬間、その間に入った。
僕は……怖いけれど……見て見ぬふりをしたくなかった。きっと、何もしなければ後悔する、そう思った。
「はぁ、なんだテメェ」
僕は怖くて何も声を出せなかった。
「んだよ、文句あんのか?」
深く被った帽子が弾かれた。
「テメェ……どこ中よ?」
あ……れ……? この2人僕に気付いてない?
「調子に乗んなや!」
目の上に鮫島の拳が走る。そのまま押し出されて後ろに倒れ込んだ。痛いけれど、殴られるってもっと痛くなかったか?
それに、遅くないか?
きっと、夢の中の戦闘を目にして、遅く感じたのか。
僕は立ち上がろうとするところにもう一人の足蹴りが入る。腹の間に腕を入れて痛みを抑え、距離をとりながら立ち上がる。
「オラ!」
せまるストレートパンチ。それはマッスルさんに飛びかかるコカトリスを思い出した。振り下ろされるくちばしを弾きながら大剣を刺し込んだ、あの瞬間。
そう思った瞬間、体が勝手に動いた。
軌道が、妙にはっきり見えた。顔面に向かう右手の拳を、左腕を伸ばして狙っていたコースから追い出す。それと同時に体を一歩踏み込んで右手を鮫島の腹にめり込ませた。
嗚咽が間近で聞こえて距離を取る。
「テメェ!」
大振りの板垣の右拳を左に前に出ながら避けて、伸び切った右腕を掴み、左手で首の後ろを掴み、勢いを殺さないまま、下に体重を思いっきりかける。すると板垣はうつ伏せで転がる。僕はそのまま倒れた板垣の右腹に蹴りを入れる。板垣の口からうめき声が漏れた。
僕は帽子を拾って被り直しながら、ゲロを吐いて倒れている鮫島の耳元で、
「弟分が世話になったな。次会ったら、俺のダチも呼んで遊んでやるよ。その時は財布忘れんなよ」
と、友達なんていないし、たちばなさんの弟君は弟分でもなんでもないけれど、そう言った。声が震えないように、低く、気をつけて。ちなみに夢の中の冒険者たちの喧嘩でよく聞いたセリフだ。また、この辺うろつかれたくない。
言っていて自分で冷や汗を垂らしながら、弟君の手を引いて離れた。
「怖かったぁー」
僕はあいつらから離れたところで、息を漏らした。
ランニングの汗ではでない、じっとりとした汗と、仕返しされたらどうしようという恐怖感が一気に襲ってきた。とりあえず、弟君を家に送らなければ、と思って、たちばなさんの家に足を進める。
「に、兄ちゃん、喧嘩強いんだね!」
「喧嘩なんて初めてだよ」
夢の中で暴漢に一度襲われた時以来だ。あと魔物にかな。
「今度から兄ちゃんじゃなくて、アニキだね!」
なんか違う。そういうのじゃない。
でも、弟君のその場違いな言葉のおかげで、先ほどの震えが少し収まった。
たちばなさんの家まで送り届ける。表札を見ると今どき珍しい、全員の名前が彫られていた。
その表札の三番目に、『橘こはる』という名前を見つけた。 普通、一番目と二番目はお父さんとお母さん、そして四番目が弟の颯太君。 だから、颯太君のお姉さんの名前は『こはる』さんとなる。橘さんの名前……どこかで聞いたことがある気がする。
ジロジロと表札を見ているとなんか失礼な気がした。誤魔化すように、名前の漢字、格好いいね、というと、颯太君は喜んでいた。
家から離れる時、ボクサー犬のジローがいつもよりスリスリと体を擦って甘えてきた。お前もよく噛みつきに行かず我慢したよな、と撫でると尻尾をブンブンと振ってきた。
僕は家に帰ると、母さんから左目の上が腫れていることを心配され、つまずいて壁にぶつけた、と言って誤魔化し、部屋に戻った。
ドアを閉めた瞬間、全身から力が抜ける。
鮫島達に後でやり返されるんじゃないか、と不安がめぐる。でも、そんなことより、人を殴ったり蹴ることがこんなにも不快感を感じるものなのかと思い、怖くなる。夢の中だと最悪殺されるかも、と思っていたから罪悪感すら感じないけれど、今回はそんな風ではなかった。颯太君と別れてからずっと胸の中がざわついていた。
服を脱ぎ捨てると、張り詰めた糸が切れるように僕はベッドに倒れ込んだ。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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防犯のため、表札を外している家が多くなりました。
ちょっと寂しいですよね。
でも、その家のお子さんが学校の工作の時間に作ったんだろうなと思うような、不器用な手彫りの表札を見ると、なんだかほっこりしますよね。
明日も21時に更新します!




