23話 現実 利き手の反対側の手がめちゃくちゃ重要
朝、いつもの時間に起きると、アスファルトの地面を叩く淡い水の音が聞こえ、カーテンを開けた。
雨だ。小雨よりも強いけれど、傘を刺すか刺さないかで少し迷うような雨。
今日は走るのやめようかな……という思いが一瞬したが、今日走るのを休憩したら気の弱い僕はこれを機にやめてしまうような気がした。
だから、僕はいつも通りジャージに運動着を着て、買ったばかりのランニングシューズはもったいないので、古い運動靴を履いて外に出た。
雨に慣れるように始めは歩き、不快感になれると足のストロークを広げて速度を出していく。
雨の日のアスファルトは滑りやすいから気をつけないと、と速度は出し過ぎず走る。
雨に気にとられて、いつもの公園のコースを走っていることに気がついたが、こんな雨の日に同級生のたちばなさんが犬の散歩をするとは思えない。だから、僕はそのまま、公園に向かって走り続けた。
体や靴に雨が染み込み、いつもより体が重たいし、古い運動靴の底が水を吸ってグポグポと不快な音を立てた。でも、いつもなら体が暑く感じてきてしまうところが涼しく感じて、それに息もしやすく、もっと先へ行けるように感じる。
雨音がいつもの喧騒を小さくするようで、少しだけ自分自身の体の動きや呼吸に目を向けることができた。これなら、もっとペースを上げても大丈夫だ。
でも、無理は禁物だ。今は雨の中だ。
足を滑らせて怪我をしたらしばらく走れなくなる。
道路の横断中に、足を滑らせてそれに気づかないトラックにひかれたら、異世界転移か異世界転生のライトノベルになる。まあ、多分普通に死ぬだけだけど。
僕はいつもと同じ距離をゆっくり走破して、家に到着した頃、雨が止んだ。
玄関の竹刀を手に取り、父さんに教えてもらった上下素振りをしていると、出勤前の父さんが白樫の木刀を僕に渡した。
「初心者は木刀の方がいい。太刀筋がわかりやすいから。あと、握りがうまくいかないから木刀の方が矯正しやすい。ギュッと握るんじゃなくて、小指に力を入れて人差し指があまり力を入れないように」
父さんが腰を下げて、僕の手の細かに触りながら、握りを調整していった。
「さっきまでやっていた上下素振りを面のところで止めるのが正面素振り」
父さんが一振り、素振りをする。一歩進みつつ、振りかぶり、勢いよく頭の眉間があるところまで振り下ろされる。風が一筋、頬を撫でた。
「右足は竹刀の振り上げと同時に、一歩前に出る。振り下ろすと同時に右足で床を押して、左足を引きつける。これが送り足だ」
そして、さっきと足が逆の動作。左足が一歩下がって、右足を引きつける。竹刀の振りは同じ。
「この動作が正面素振り。おっと、時間だ」
父さんは僕に竹刀を渡して、これ片付けて、と言いながら走って行った。
僕はそれを見送り、木刀で父の正面素振りを真似た。
振り上げと同時に足を出す。左足の引き付けと同時に振り下ろす。
なかなかうまくいかない。
ヒュンと風を切る音も聞こえない。
難しいもんだ。
何十回と動かすと、腕が疲れて休む。また、同じ動作を繰り返すが何かが変だ。
百回以上振り、疲労感しか感じなかった。
正面素振りをやめて上下素振りをする。もう疲れがピークなので形だけ意識して振り上げて膝下まで振り下ろす。
フンッ
僕はその音を一瞬聞き逃しそうになった。
風の切る音だ。音の質は少し違う。
なぜ上下素振りで鳴った?
さっきより力は入れてないはずだ。
そうか、手首だ。手首を柔らかく振らないと、背筋を伸ばしたまま木刀は膝下までいかない。
だから、人差し指は軽く、小指に力を入れるんだ。
もう一度、正面素振りをする。
上手く鳴らない。
数回やっても上手くはいかない。最後に、振りかぶり、勢いをつけて、手首を柔らかく振るう。
シュッ
「......鳴った」
僕はあふれた達成感と共に地べたに倒れた。
雨上がりの匂いと共に雨雲の隙間からほんの小さい青空が見えた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
感想や、評価、ブックマークなどとても励みになっております。
あまりやる人はいないかもしれませんが、 小雨の日のランニングも、実はすごく楽しいですよ。
でも、滑りやすいので注意してやってくださいね。
もし、今年初めてマラソン大会に出る予定があるなら、 一度は雨の日のランニングを経験しておくのがオススメです。
理由は3つあります。
ウェアが肌に張り付く不快感
シューズが水を吸って重くなる感覚
それらを抱えたまま1時間以上走り続ける不安
これらは、本番で初めて経験するとかなり動揺します。 こうした悪条件の経験は必ず本番の糧になります。
雨の日対策として、たまに走ってみるのも面白いですよ。 意外と私みたいにはまる人もいるしれません。




