22話 夢の中 もしもし、衛兵さんですか? 私の勤める宿屋で鉄の棒で素振りをしている不審な女の子が……
今日は治療院の仕事を休んでいいと言われていた。
解放されたような気持ちと、どこか取り残されたような気持ちが胸の奥で混ざり合って、僕はいつもより遠くまで走ってみることにした。
驚くほど身体が軽かった。二時間くらい走っただろうか。
ステータスの耐久が上がったこともあるし、走り方がすこしだけ良くなってきた気がする。足が痛みそうになるたびに回復魔法をそっとかければ、また前に進めた。
ただ、そのぶんブーツの底がだんだん薄くなってきている。
そろそろ予備を買わなきゃ、と考えながら宿屋に戻ると、玄関先を掃除していた受付のお姉さんが僕を見た瞬間、目を丸くした。
「そんな格好でどうしたんですか!? お困りごとがありましたか?」
「え、その、ランニングしていただけですけど?」
「えっ、その格好で?」
「あ、汗臭いですよね、すぐクリーンをかけて……」
「そういう問題じゃありませんから!」
お姉さんはほとんど泣きそうな顔で僕をつかまえた。
「透けてます! それにチュニック、めくれてましたよ!? もう……はしたなさすぎです!」
しばらく小言というより、心底心配された。
誰かにこうして本気で慌てられるの、いつ以来だろう。
いや、でもこれは夢なんだ。夢の世界なんだから、本当はどうでもいいはず……と思うが、この夢の中でも僕の居場所が出来てきた。
僕が雑に振る舞えば、その居場所が壊れてしまう気がした。
明晰夢じゃないから、都合よく書き換えることもできない。
それなら、せめて、失わずにいたい。
「……運動着、ちゃんとしたのを探します」
「そうしてください。もう、心臓に悪いんですから」
お姉さんに背中を押されながら、僕は小さく息を吐いた。
こんなふうに気にかけてもらえるのは、嬉しい……なんて、口が裂けても言えないけれど。
宿屋のお姉さんに叱られた後、僕は部屋でさっと身支度を整え、市場へ向かおうとした。すると、部屋の前には宿屋のお姉さんが仁王立ちで立っていた。
「はい、手。離しませんからね」
気づけば、お姉さんに手首を掴まれていた。ただの心配じゃない。目が、本当に怖いくらい真剣だ。
「そんなに……危ないんですか?」
「親、いえ、オーナーから簡単に休みをもらえるくらいです。あなた、鏡見てください。
あの格好で走って戻ってきて……あんなの、誘ってますって言ってるようなものです!」
男を誘うだなんて、僕は同性愛者じゃない。
それにしても、宿屋のお姉さんも、オーナーの親からも僕は要注意人物だったことに驚いた。主に性的な理由だったから余計にタチが悪い。
僕はそのまま服屋に連れて行かれた。
宿屋のお姉さんは、名前をユキと名乗り、これから行くお店が、お手頃価格で良心的な女性の服の専門店であることを説明しながら、いかに僕のことを日々心配していたかを語り、語り終わる前にお店に着いた。
お姉さんは迷わず濃い色の軽装をいくつか選ぶと、強引に僕を試着室へ押し込んだ。
七分袖の修道着みたいなもの、膝上までのハーフパンツに、前を布で重ねてスカート風に見せるもの。あとスポブラだ。妹がつけているのに少し近い。夢の中の世界にもあるんだ。
スポブラは正直つけたくはなかったが、つけないと痛いんだ、ランニングが。先端がマジで痛い。距離と時間が伸びるにあたり、擦れて来るようになっていた。女の子特有の問題だけど現実の男の子の僕の体も少し痛いのだ。現実でスポブラつけたら変態の仲間入りだ。何かいい方法がないかな。
鏡の中の自分の胸元が、布で不必要に持ち上げられているように見えた。これは、本当に僕の身体なんだろうか、と改めて突きつけられる不快感にぞくりとした。
着替えが終わり試着室の外に出た途端、ユキさんとユキさんの顔馴染みの店員さんが同時に固まった。
「ユキのセンスも良いけれど……似合いすぎて怖いわね、あなた」
「似合う……って、えっ、こ、これ……そんな、ですか?」
まさか、そこまで言われるとは思っていなかった。
でも、この服は、デブで冴えない自分とはまったく関係のない、別人の、しかも女性のためのものだ。
僕みたいなデブの男の子が着て、褒められるだなんて本来あってはいけない。
夢の中の僕の美少女姿が普通だと思ったら、いつかとんでもないことになるようなそんな気がした。
靴屋に着くと、店主のおじさんが僕の靴底を覗き込み、低く唸った。
「靴はそんなに古そうに見えないが、底が削れすぎだな。
君は遠征の多い冒険者なのか?」
「え、えっと……ここ最近ずっとランニングしてました」
「ああ、なるほど。走り込みしていたのか……。えっ、お嬢ちゃんが?」
おじさんはまた驚いたが、
「いや、すまんね。君みたいな子が走り込みしているなんて、そうは見えなかったもんでね……。靴は新しいものが欲しいみたいだけど、皮が柔らかくなって、これからだっていう靴のアッパーを捨てるのはちょっといただけない。底の張り替えとかリペアにするべきだ。ただ、予備はあった方がいい。底の張り替え中は裸足で仕事をすることになる」
新品の靴を見せてもらうと、目が飛び出そうな金額だ。でも、治療院でのお給料からすれば、全然余裕だ。治療院の仕事をしていて良かったと思った。
結局、ブーツを買い、ソールの張り替えもしてもらう。思っていた以上にお金が吹き飛んだ。
帰り道、武具屋の前を通りかかったときだった。
店先に置かれていた、短い鉄の棒が目に入る。
……室内で素振り、できそうだ。
無意識に近寄っていた。
「これ、持ってもいいですか?」
「そりゃ、売りもんじゃない。ナイフも鉄の塊もわからないのか、嬢ちゃん」
「素振り用に使ってみたいんです」
ふん、と鼻から息を吐き、視線を僕から外した。許可を得たと判断して手に持つ。しっかり手には重さが来る。片手ではやや重い。両手で持って上下に振ってみる。それでも竹刀よりも重いけれどこれなら練習になりそうだ。
ユキさんが隣で小さく首を傾げる。
「欲しいの? それ」
「……こういうのが、必要なんです。たぶん」
僕は棒を手に取り、絞るように軽く握った。
左右どちらかに偏った重さがない。
「これ、いくらですか?」
「本気か?」
そう言って、店員は金額を提示する。ナイフの5分の1の値段だった。
「こんなの冒険者に成り立てのバカか、スラム出身のやつの装備だぞ」
「そんなもので素振りして返り討ちをする技術がほしいなんて、やっぱり酷い目にあったのね!」
ユキさんが一瞬声を荒げて、さっきまでテンションが低空飛行だった店員さんが
「なんだって! けしからん! 俺がそいつらを切り刻んでやる」
とよくわからないことを言い始めた。
荒ぶる二人に勘違いしていることを説明して、落ち着くまで時間を費やすことになった。
宿屋に戻る頃には、空が朱色に染まりはじめていた。
足元には新品のブーツ。
肩には運動着の入った袋
手には、素振り用の短い鉄の棒。
「いっぱい買えましたね」
ユキさんが僕の横で、そう言って微笑んだ。
頬に赤い光が触れて、横顔の輪郭がぼやけて見える。ユキさんの可愛らしさと、持ち前の優しさに、隣に並んで歩くのが、なんだかひどく不釣り合いな気がした。
妹以外の歳の近い女の子、3歳くらい年上だけど、と買い物なんて初めてだった。迷惑じゃなかったかな、と心配になる。
それなのに、ユキさんは満足そうな顔をしていて、なんだか申し訳なく、
「大事な1日、僕のためにごめん」
と謝ると、
「えっなんで謝るんですか? 私、楽しかったですよ?」
と、ニコニコと笑顔を作る。
表裏を感じないユキさんの笑顔に力をもらえた気がする。
だから、明日も頑張ろう、そう気持ちに自然となれた。
ーーー
クエスト終了
減量目的のランニング(2時間以上)をする
体重-1.6 HP +3 耐久+3
ーーー
特別クエスト終了
ランニングをしながら回復魔法を使い続ける
MP +3 魔力+1 マルチタスクLv1
ーーー
クエスト終了
素振りをする
exp +10 筋力+1 敏捷+1
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特別クエスト終了
はじめて女友達と服を買う
exp +30 耐久+1 魅力+3
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名前:マコト アズマヤ
レベル5
性別:女
EXP:92/ 200
HP:50/ 59→62
MP:51/ 70→73
身長:150 cm
体重:62.4kg→60.8kg
筋力:20→21
魔力 : 25→26
敏捷:15→16
知力 : 19
耐久:19→23
魅力:15→18
スキル : 格闘Lv2、生活魔法[クリーン、水生成]、精神耐性Lv1、睡眠耐性Lv1、検索Lv2、解析Lv1、話術Lv2、回復魔法 Lv4、人体構造理解Lv2、マルチタスクLv1、犬と猫に好かれやすい、疲労回復(速)
読んでいただきありがとうございます。
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ゆっくり2時間ランニングでも、一食分くらいのカロリーは必要です。2時間走った後、どうしようもないほど私はお腹が減りましたが、私だけなんでしょうか?
そんなことよりも、最も大切なのは水分補給です。特に夏場、一人で走っている最中に熱中症で倒れると、誰にも気づかれずに亡くなるという最悪の事態になりかねません。
必ず水分を携行し、こまめに補給しましょう。
ちなみに、私はポカリスエットを水で半分くらいに薄めて飲むのが一番体に合いました。




