1話 夢の中 ゲームのような夢
気がつくと、一面、草原の中にいた。
足首よりもやや高い、細く柔らかい淡い緑の草の絨毯。
一陣の風が吹いて、草が波打つ。
青臭い香りと、名前の知らない花の香り、埃っぽい土の香りが混じり合う。でも、嫌ではない。
夢の中だとわかっているのに、世界そのものが生きている、そんな気がした。
丘になっているここから目線を遠くにこらすと、道が見える。アスファルトではない。薄茶色の土だけの道。人が踏み固め、植物が根を張らすのを諦めた土地。
その奥には壁に囲まれた街があった。屋根しか見えないが、建物の煙突から煙が出ており、そこには確かに生きた人の生活があった。
足が自然とそちらの方に行こうと動き出す。沸き立つ好奇心が体を駆け巡り、僕はそれを止めることができない。
道を歩いていると、バレーボールくらいの青色のゼリーが落ちていた。中心には黒色の石みたいなものがあり、そのゼリーはモゾモゾと動いていた。
僕がゼリーに近づくと、その動きは一度止まり、僕の方へやってきた。
まるでゲームのスライムというモンスターのような感じだ。
もしこれがよくあるスライムというモンスターなら、ゼリーの一部を飛ばしたり触手によって相手の体を溶かしたり、頭を飲み込み窒息させるような事をするのだろう。
見ず知らずの人間に好意をもつ? あり得ない。
だから、僕はこのスライムのようなゼリーを潰して殺すことにした。
足を上げて勢いよく踏み抜いた。
ぐちゃりという音と、パキンと胡桃を割ったような達成感を感じる音を立てて、そのゼリーは固体から液体となり、色が薄くなって消えた。
それと同時に、目の前に
【+5exp】
とポップアップ表示が出る。
見たことのあるゲームみたいな画面に思わず苦笑いする。
足元に残った石ころを拾うと
【スライムの魔石を手に入れた】
とポップアップ表示が出た。やはり、スライムだったのかと思いながら、ポケットにその魔石を入れた。
さらにゼリーを見つけて、足で勢いよく潰す。ゼリーのモンスターの核なのだろうか。その潰す音の気持ち良さと経験値を入手したのような感覚が楽しくてに、ひたすら潰す。
しばらくして、頭の中にファンファーレが響き、
【レベルアップ】
とポップアップが表示される。何もかもゲームみたいだなあ、と思い、そして、自分のステータスはどうなっているのだろうか、と考える。
ステータスオープンと声を出す。声が妙に高い違和感を感じたが、どうせ夢なのだから、その辺の設定が適当なのだろう。
名前:マコト アズマヤ
レベル2
性別:女
EXP:1 / 50
HP:28 / 28
MP:6 / 6
身長:150 cm
体重:70.0 kg
筋力:4→5
魔力 : 1→2
敏捷:3→4
知力 : 3→4
耐久:7
魅力:3→4
スキル : 格闘Lv1new
表示された記号や数字を見ながら、ステータス変動を示す矢印が示す、少し上がった数値を見て少しだけ嬉しくなる。
そして、リアルと同じの身長や体重の数字に、少しため息を吐き、性別の欄が変わっていることに驚くが、どうせ夢の中だからと、と安直な気持ちでスルーする。夢の中で鳥になっていたり、お医者さんになっていたり、知らない誰かと古くからの友達になっていたりする。だから、気にすることのない些細なことなのだ。
ふと、足元に転がっていた袋を見つける。
スライムを倒した時のドロップアイテムだろうか。
革でできたリュックサックを拾うと
【アイテムボックス リュックサック型】
と表示された。スライムのレアドロップアイテムだろうか。リュックサックの中に手を入れると
【短剣、革の胸当て、薬草3
、HP回復ポーション2、宝の地図1、10000ゴールド】
と表示される。中身入っているんだ、という気持ちと、やはりゲームみたいな感覚にニヤリと笑ってしまう。
日が暮れる前に街に行こう、そうスライム潰しに区切りをつけて、遠くに見える外壁門に目を向けた。
時々、道にいたスライムは潰し経験値になってもらい、1時間程度歩いて街の中に入る。
門番となる鎧を着た衛兵に声を掛けられて、滞在の理由と街に入るための税金として1000ゴールドを徴収された。
スライムのレアドロップを拾えていなかったら街に入れなかったな、と思いながら街に入る。
土の道から石畳の道になり、ゴツゴツとした足裏を押されるような感覚が体に響く。
そろそろ夕食どきだからか、木の屋根の家々からは香ばしい香りが感じる。そして、道ゆく人の匂い。活気ある声、仕事をする音。夢なのに妙にリアルだ。
疲れたしお腹も減ったし、宿屋に行って休もう。
歩きながら、宿屋を探すけれど、どこが宿屋なのかわからず道に迷い、同じようなところを歩き続ける。
困ったな、とため息を吐くと小麦の焼ける香りに気がつく。
細長いフランスパンの絵が刻印された看板が目に入る。そこのドアから出てきた、品の良さそうだけど活発そうな小麦色のショートヘアのお姉さんが私を見て
「あなた、ずっとぐるぐる同じところを回っているけど道に迷ってない?」
その明るい声に救われた気がした。
事情を話すと、彼女は笑いながら教えてくれる。
「それなら、ここからすぐの通りを左に曲がって、30メートルくらい行った先に【森の隠れ家】っていう宿がおすすめだよ。どんぐりとリスの看板が目印。まあ、うちのパン買ってくれるところだからね、ハハ!」
裏表のなさそうな清々しい笑い声をしながら説明してくれたお姉さんに会釈した。パンの香りに包まれたその笑みを思い出すと、なぜか胸の奥が温かくなった。
先ほど教えてもらった【森の隠れ家】に向かう。
近づくにつれて、美味しそうな匂いが漂う。香辛料や肉を牛乳を煮込んだような、甘く、そして食欲を誘う香り。
その香りはどうやらどんぐりを抱えたリスの看板の掲げられた店から漂っていた。そこが多分、宿屋【森の隠れ家】なのだろう。
扉を押すと、軽やかな鈴の音が鳴った。
木造の建物らしい温もりのある匂いと、暖かい料理の香りがが鼻をくすぐり、先ほど街の中を迷っていた不安が溶けていった。
「いらっしゃいませ!」
すぐに、受付らしきカウンターの向こうから声がした。
声の主は僕より少し年上の15歳くらいの女の子で、栗色の髪を三つ編みにしてまとめている。目尻に笑い皺があるわけでもないのに、柔らかい笑みを浮かべていた。
「宿泊ですか? それともお食事だけ?」
「あ、えっと……宿泊で。今日、この街に来たばかりなんです」
「まあ、旅人さん?」
旅人。
その言葉が、少しだけ胸の奥で響いた。
夢の中とはいえ、『旅人』という響きが、なんだか心地よい。そして、周りの雰囲気も合わせて本当にゲームだとかライトノベルの世界のように感じる。
「はい、多分……そうだと思います」
「ふふ、初めての子ってみんなそう言うんです。じゃあ一泊5000ゴールドで、夕食と朝食付き。どうします?」
本当にレアドロップがなかったら宿泊すらできなかった。そう思うと、僕は運が良かったのだろう。
でも、野営、キャンプ、それはそれで憧れるなあ。
受付の子にジャラリとお金を渡す。
「お願いします」
「ありがとうございます。こちらは部屋の鍵になります。夕食はすぐ出せますので、食堂でどうぞ」
差し出された鍵には、小さな木の札がついていた。
札には【203】と数字が刻まれている。
金属の鍵は温かく、まるで現実のものみたいに手の中で重みを感じた。
お腹が空いていたので促されるままに食堂へ入ると、そこはまるで古い絵本の一ページのようだった。
蝋燭の灯りが木の壁を柔らかく照らし、長いテーブルにはスープやパンを食べる人々。笑い声、スプーンの音、湯気。
夢にしては、あまりに細かい生活の描写がありすぎた。
席に座ると、スープ皿が運ばれてくる。
白い湯気とともに香る、ハーブと肉の匂い。
さじを入れて一口すすると、ギリギリ食べれるはどの熱々さ。舌の上でミルクの甘さと程よい塩気と濃縮された旨味が広がり、喉を通る。
「……美味しい……」
思わず口に出していた。
夢の中で味があるということに、改めて気づく。
それは、現実よりも現実的な味だった。
食べ終わると、お腹の中に不思議な満足感が広がっていた。
現実の僕なら、物足りなさにこの後にこっそりとお菓子を食べて寝るのが関の山だ。でも、この温かいスープと一切れのパンだけで、不思議と心もお腹も満たされている。……明日も、この街で『旅人』として歩きたい……。
ほんの少しだけ……このままここで生きていきたいな、なんて思った。
部屋に入ると、清潔なベッドが一つ置かれていた。
窓からは街の灯りがちらちらと見える。
カーテンを引きながら、僕は思わずつぶやいた。
「……夢、なのにね」
手のひらを見つめる。
白くて細く、しなやかで、現実の僕の手とはまるで違う。
ステータスに『女』とあったけれど、その言葉をあえて意識しないようにしていた。
ただ、指先に流れる体温が妙に心地よかった。
再度ステータスを確認する。
名前:マコト アズマヤ
レベル2
性別:女
EXP:18 / 50
HP:28 / 28
MP:6 / 6
身長:150 cm
体重:69.8kg
筋力:5→6
魔力 : 2
敏捷:4
知力 : 4
耐久:7
魅力:4
スキル : 格闘Lv1
レベルアップしていないけれど、筋力が上がっていた。もしかしたら一日中歩き回っていたからかもしれない。体重もそれで少しだけ下がったのだろう。ならば筋トレしたら、もしくは走り込みしたら、勉強したらステータス上がるのかな。
それはそれで楽しみだ。目に見えて数値が変わるのはやる気が感じる。ダイエットは、あまりやる気ないけど。
でも、こんな風な現実であったら楽しいのに。
ステータス画面を消して、服をあらかた脱ぎ、ベッドに腰を下ろすと、柔らかな羽毛が体を包む。
急に眠気が押し寄せ、まぶたが重くなっていく。
そうして、僕は眠りに落ちた。
感想など頂けると今後の参考になりますので助かります。




