17話 現実 ステータスオープンだなんて言っている奴がいたら、かなり痛いね。
朝起きて、ぼんやりした頭のままトイレを済ませたあと、妙に胸の奥で引っかかるものがあった。
「……あ、体重だ」
僕はしばらく体重計に乗っていなかった。確か最後に測った時は70キロを超えたくらいだったか。
ため息をひとつ落として、体重計に乗る。
「夢のステータスと同じだ。65.5キロ……」
喜びより先に、じわりとした不安が胸に広がる。
一ヶ月も経っていないのに、だいたい5キロも減っている。
病気を疑うレベルだ。でも、体の調子はむしろいい。
食事だって、大して減らしてはいない
「夢のステータスが……リンクしている? ステータスオープン」
前も試したが、やはりステータスは表示されない。
それなら回復魔法は?
意識を集中しても手は光らない。
体重がリンクしている。夢の中の僕は体型も少しずつリンクし始めている。
一体どうなっているんだ……
でも、まあ、夢の中の自分が少しずつ太る問題も、現実世界の自分の太り過ぎの体型の問題もランニングで解決するはずだ。
走ろう、夢の中でも。
そうすれば夢の中での自分が太る前に標準体型を維持できるはず。夢の中なら、減量のためのランニングのクエスト終了報酬の分で体重減少量は多い。今の僕の体型への完全なリンクはまだまだ時間がかかるはずだから間に合う……はずだ。
今日は早く走るよりも、ゆっくり長時間のランニングをしよう。その方が疲れにくく、ダイエット効果が高いらしい。
新しく買ったオレンジ色のランニングシューズを履く。紐をきゅっと結ぶと、オレンジ色の靴が、早く外へ行こう、と自分を誘ってくれている気がした。今まで義務感で走っていたのに、この靴だと、自分から前へ進みたくなる。
僕は玄関の扉を押し開けて、帽子を被り、深く息を吸い、ゆっくりと走り出した。
初めの数分は体が重いはずなのに、今日は新しい靴のせいもあるのか、のしのし走っていた感じが薄くなり、一歩一歩が軽い。
さらに呼吸も深く、肺の奥まで空気が落ちていく感覚がはっきりある。何より身体全体の動き、フォームが違う気がする。
……走りやすい
理由ははっきりしない。
ただ、夢の中で理想的な身体で、ステータスの恩恵もある身体で、走ったフォームが、今の体に体に染み込んで馴染んで行くような気がした。
筋肉というより、神経の通り道が整えられたような、そんな感じだ。
曲がり角の先で、見覚えのあるゴツいボクサー犬を見つける。リードを握っているのは、いつもの少年ではないが見覚えのある顔。
あっ、同級生の女の子だ。
髪をざっくり結んで低めのポニーテールが朝日にきらめいて茶色に輝いていた。
淡いグレーのパーカーに黒のハーフパンツ、太くて黒い三本線が外側の側面に描かれたアシダスの白色のスニーカーを履いている。
名前は思い出せない。わざと距離を置いていたせいか、思い出そうとすると指の隙間から零れるみたいに抜けていった。
ただ、その子は僕を他のクラスメイトと違って、雑用の交替を行ってきたり、進んで僕を笑い物にしたりして来なかった子だった。
仲良くしたい、という気持ちはあった。でも、僕と仲良くすれば、一緒にバカにされたり最悪いじめられる。だから、距離を取らねばならない、そう思っていた子だ。
彼女は犬を扱い慣れていないようで、周囲に意識が向いていない。だから、走る僕に気づく気配もない。そして、僕には声をかける理由はなかった。
それに同級生の女の子から
気持ち悪い
と、そう変な風に思われるのが嫌だった。他のクラスメイトと同じ、僕を蔑むような視線を向けられるのは嫌だった。
ジローに少し似た犬の横をそっと通り過ぎる。
少し悲しいけれど、振り向かず、前を見た。
でも、走ることは、こんな体型だけど今は嫌いじゃない。
家に帰って玄関に入ると、防犯兼父の運動用に竹刀があり、それが目についた。
夢の中で剣を振れたら。暴漢に襲われた時も、きっと違う結果になっていたのだろうか。
そう思うと、竹刀を手に取り、玄関の前で振ってみた。なんだか竹刀に振られているみたいだった。父さんの素振りは竹刀をしっかりコントロールしているように振り、そしてなにより速く、風を切り裂く音が聞こえた。僕と全然違う。
でも、何回も振っていれば、きっと変わるに違いない。
僕は飽きるまで竹刀を振り続けた。
シャワーを浴びてから、朝食を終えて、中学校の課題に取り組む。集中力が切れるまでやり続け、飽きたら、医療の漫画を読み始めた。
そういえば、ランニングで心臓が心拍を早めたり、休憩したら心拍が遅くなったり、そして、なんでそもそも心臓って自分の意思で止まらないのだろう。
気になり調べ始めた。
人間の体の不思議を知ると楽しい。しかもこれが…夢の中の回復魔法に関わってくるとなると、凄くやる気出る。もちろん、ランニングで痩せれば、夢の中の体も少しずつ太る現象を抑えられるから、現実で頑張ったことも報われると思うと、やる気が出る。
何より、今が、僕は楽しいのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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ランニング中、知っている人に遭遇すると恥ずかしいですよね。私はバレる前にコースを変えていましたが、だいたいバレてます。
その経験から、帽子と普段着のイメージとあからさまに違うウェア、サングラスをつけて、知り合いを見つけ次第、機敏にコースを変えていました。
そして、私は立派な不審者になりました。
明日も21時に更新します。




