14話 現実 夏休みまでもうすぐ
スズメの鳴き声が、どこか遠くから薄い膜を震わせるように届いてきた。
目を開けた途端、ぐっと身体が沈む。寝たはずなのに、まるで一晩中走り回っていたみたいに、全身が重い。
……そりゃそうだよね。
昨日は、ずっと治療院で血の匂いに囲まれていた。
慣れない雑用と気を使わない重傷患者を目の当たりにして眩暈がした。確かに給料は良かったけれど……精神的にはタダ働き以上にしんどかった。
給料は良かったけれど、勉強や経験にもなったからまあしかたないか。自分でやりたい、と思って飛び込んだわけだし、今日も頑張るか。
ベッドから這い出てる時に抜け落ちた長い金髪をシーツから払い、寝ぼけたまなこを擦る。
高いビルの谷間を通り抜ける朝日。
交差点で信号待ちする車。
その現実的すぎる光景に、ようやく意識が深く浮上した。
母の、早く起きなさい、という声を聞いて月曜日、学校だということに気づかせられる。
布団の端を握りながら、ふうっと息を吐く。
昨日の負傷者たちの呻き声や、シグレ院長の短い怒号。
アカリさんが軽口を叩きながらも支えてくれたあの手際の良さ。
全部が『夢』と呼ぶにはあまりにも現実的すぎた。
「ほんとに起きてるのー?」
「起きてるってばー!」
返事をして立ち上がる。
階段を降りる前、もう一度だけ窓の外を見る。
昨日の夢に比べると、現実世界の朝は、どこか淡くて、穏やかだ。
夏休みが始まる前の中学校は何か地に足がついていないような感じだった。
でも、僕にはやることがあった。学校の授業は普通に受けて、帰ってきたらランニング、そして、医療の本を読む。
ランニングは慣れてきたから、少し距離を伸ばそう。そういえば学校の授業で配布された赤十字のパンフレットがあった。止血の方法や骨折時の処置は、きっと昨日の夢みたいな場面で役に立つ。あれ、心臓マッサージのリズムは1分間に何回だったかな……。
ページを開くたび知らなかったことが増えていくのが、最近はちょっと楽しい。
そんなふうにして、僕は現実と昨日の夢の余韻をいったりきたりしながら、夏休みの朝を迎えた。
評価やブックマーク、感想などありがとうございます。
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心肺蘇生法やAEDは、やり方を知っているだけで大切な人の命を救える確率がぐっと上がります。学校などでさらりと学んだ後、ふとした時に思い出してもらえるきっかけになればいいな、と思いながら書きました。
なお、心臓マッサージは1分間に100から120回、『アンパンマンマーチ』や『もしもしカメよカメさんよ』等のリズムでお願いします。
次回、明日も21時に更新予定です。




