13話 夢の中 明るくアットホームな職場で、時々出血への対応を求められます
冒険者ギルドの医務室のベッドからそっと足を下ろした。
シーツの上には黒い髪が数本落ちていて、誰かの痕跡のように見える。誰かが使う度に交換されているわけではないのだろう。そう思いながら、僕は布団を軽く払ってから生活魔法の『クリーン』を唱えた。
体の奥からふっと魔力が引かれていく感覚とともに、薄く黄ばんでいたシーツが、光を弾くような白さを取り戻す。
装備を身につけ、医務室を出ると、ギルドはすでに開いていた。
クエストの奪い合いが始まっていて、怒鳴り声と笑い声が混ざり合い、空気がざわついている。
屈強な男たちが紙束を奪い合って押し合う様子を見て、やっぱりあそこに混ざる勇気はないと思う。
幸い、受付には誰も並んでいなかった。
お礼を言おうといつもの受付のお姉さんを探すが、今日は姿が見えない。仕方なく別の受付の人に昨夜のお礼を伝えた。
そのとき、不意に胸の奥に隠していた罪悪感が、僕の口を開かせた。
「……昨日、もう少し上手く治せたらよかったなって」
続けて、僕自身の成長したいという気持ちが後押しした。
「治療院でバイト、みたいなのってありますか?」
「冒険者を雇う? んー、治療師の護衛依頼なら、たまに来るけど、中で治療を手伝う仕事は聞いたことないね。直接行って聞いたほうが早いよ。場所、わかる?」
わからないと言うと、彼女は紙を取り出し、あっという間に地図を描いてくれた。
建物の特徴をとらえた小さな絵や、道の脇に咲く花のワンポイントまで添えられていて、見ているだけで明るい気持ちになる。
冒険者ギルドの受付業務をする人たちは作業のスペックが高いなぁ、と僕はわかりやすい図と可愛らしい絵に心がほっこりした。
***
地図どおりに歩いていくと、治療院は街の中心に近い場所にあった。
まわりは人の行き交いで賑やかなはずなのに、治療院の前だけひときわ静かで、空気が澄んでいるように感じられた。
横長の一軒家。白い壁には年季の入った細かなひびが走り、その上から蔦が柔らかく絡んでいる。
古びているのに、不思議と神聖ささえ漂っていて、近づくほど心が落ち着いた。
手を伸ばして触れた白壁は、汚れがなく、つるりとした感触。陽の光を受けて、なめらかに輝いている。
扉を開くと、小さな鐘がチリンと澄んだ音を立てた。
入ってすぐの受付に、二十代前半ほどの女性が座っていた。
視線が合うと、彼女の琥珀色の瞳がまっすぐこちらを捉える。
その光は、心の奥まで覗いてくるようで、寒気を感じた。
真っ赤な長い髪は後ろでひとつに束ねられ、首をかしげるたび炎の尾のように揺れる。
「始業時間前だけど……緊急?」
白い前掛けをつけた彼女が手板を持ったまま歩み寄ってきた。
「い、いえ、その……」
言葉に詰まると、彼女は口角を上げた。
「そっか。じゃあ緊急じゃなくて……お嬢ちゃん、あたまのほうが緊急かな? あはは、冗談だよ。で、用件は?」
からかうような笑みなのに、不思議と嫌味はない。
気にしている人なら怒るところだろうに、この人の軽口は風みたいに受け流せてしまう。
「あ、はい。治療院って、お手伝いの募集とかしてますか?
「お手伝い? 人手が増えるなら助かるけど、あなたは何ができるの?」
琥珀の瞳にまっすぐ見つめられて、胸が少しだけ縮こまる。ああ、これが見定められている、というやつなのかな。
「何って……?」
「うーんと、雑用とか、血だらけの容器の洗浄とか、薬の配合、麻酔なしの手術で患者を抑える体力とか、回復魔法とか」
なんかゾッとする業務内容を言われたような……
そう思っていると、受付の後ろのドアが開いた。
すると赤髪の女性がさっきまでと違う顔をしたように見えた。
「従業員の希望者が来たなら、まず俺に言え。お前が言うと勘違いするだろ」
ゆっくり現れたのは、白衣を雑に羽織った三十代ほどの男だった。
僕の方へ向けられた眼差しは、怒っているわけでもないのに、体温を測られるような奇妙な圧を帯びている。細身で、目の下にクマができているから尚更目つきが鋭く感じる。
赤髪の女性は舌をちょんと出しながら肩をすくめる。
「だってさ、この子かわいかったから」
冗談めかした声なのに、さっきまでと違って随分と柔らかい。
「で、君の名前は?」
「ま、マコトです」
「そうか、俺はここの院長兼治療師のシグレだ。人手が足りないから従業員が増えるのは助かるが……君は、雑用以外で何ができる?」
「えっ、と……回復魔法が、少し。昨日……うまくできなくて。もっと上手くなりたくて……ここで勉強しながら働かせてほしいです」
「ああ、昨日の子か……。出来もしないことを大口を叩いたそうだな」
ざくりと胸に刺さる。言われたくない悪意のこもった言葉に、もう僕は逃げ出したい、と思った。
「いいか。治療師は『人生で一番最悪な瞬間』を任される。
下手な希望を見せれば、絶望が十倍になる。
恨まれるのは、いつもこっちだ」
言葉は淡々としているのに、妙に重かった。
「……それでもやるって言うなら、条件はこうだ」
シグレ院長は一本指を立てる。
「日当一万ゴールド。回復魔法を使わせる時は別途。
基本は雑務。暇な時だけ見学を許す。
あと、……俺の指示には全部従え。嫌なら今すぐ帰れ」
たった少しの時間なのに喉がからからになる。でも、……それでも僕は頷いた。
シグレ院長が背を向けたあと、赤髪の女性がぽつりと呟く。
「……あんな言い方してるけどね」
彼女は僕の肩を指でつつく。
「昨日、意識失うまで魔力注ぎ込んだって聞いて、裏でめっちゃ褒めてたよ?
すごく具合悪くなったでしょ。それなのに限界まで回復魔法を使うなんてすごいじゃん。
……あの人、素直じゃないっていうか……不器用」
シグレ院長の説明を受けた後、僕は治療院のスタッフ専用のスペースに入り、再度クリーンを体にかけるように指示された上に、見習いと書かれた白い前掛けを着用させられ、簡単な掃除と器具の準備を任された。
赤髪の受付の女性『アカリ』さんは、淡々と仕事をこなしている。先ほどの軽口が嘘みたいに真面目だ。
「最初はね、風邪と腹痛が多いよ。あ、ほら一人きた」
扉が開き、鼻を赤くした青年がふらりと入ってきた。
「ただの風邪だな。水分とって寝るといい。魔法ですぐ治せるが、二、三日分の日当くらいの金額になるし、俺なら仕事をサボりたいから、魔法を使わず休むが……あんたの希望は?」
「いや、俺もたまにはゆっくり家で休むよ」
「それがいい」
シグレ院長はやや乱暴に額を触っただけで診察を終わらせる。
僕は思わず肩の力が抜けた。
……治療院って、こんな感じで穏やかに一日が終わるのかも。
そんな期待をしたとたん……扉が勢いよく叩かれた。
「救急! ダンジョン帰りの負傷者四名!!」
血の匂いが一気に流れ込み、空気が変わった。
アカリさんが舌打ちしながら走り出す。
「はぁ? 朝っぱらから大所帯じゃないの。マコトちゃん、器具の準備!」
「は、はい!」
僕の返事と同時に、血で真っ赤になった冒険者が二人、仲間に支えられながら運び込まれた。
床に滴る血が線を描く。
……これ、夢じゃない。この人、死んじゃう……
喉がひやりと冷たくなった。
「マコト、洗浄台の準備! 止血帯は右! それ落とすな!」
シグレ院長の指示は早口で、追いつけない。
それでも必死に手を伸ばし、器具を運ぶ。
指先が震えてうまく掴めない。
「だいじょうぶ、最初は誰でも震えるよ」
アカリさんの横目が、小さく笑った。
その一言に胸の奥が少しだけ温かくなり、震えが少し落ち着いた。
だが、すぐに次の指示が飛んだ。
「マコト、そいつは傷が浅く見えるだけだ。洗うだけでいい。まだ魔法は使うな」
横目でシグレ院長は指示をする。別の重傷患者の魔法による治療をしながらなのに、驚くほど迷いがない。傷を見た瞬間に必要な処置が頭の中で組み上がっているようだった。
「は、はい……!」
目の前の冒険者は、表面の切り傷こそ小さいが、歯を食いしばってうめいている。
僕は震える手で水をかけ、血と泥をそっと流した。
痛いよね……ごめんね
その瞬間、彼の喉が『ごぼっ』と鳴った。
嫌な音だった。彼の顔色は見る間に悪くなり、冷たい汗がにじんだ。
すぐ後ろから、シグレ院長の声が鋭く飛ぶ。
「そいつ深部の血管が切れてる! 圧迫だ、そこ押さえろ! 絶対離すな!」
シグレ院長の大声にびくりと体が一度震え、僕は布をぐっと押しつけた。
布越しにどくどくと脈が伝わる。
まるで死ぬのを逆らおうとする鼓動そのものみたいに。
生きてる……この人、生きようとしてる……
それなのに、僕は気持ち悪さがあふれ、胃液が込み上げてくる。それを必死に抑え込みながら、止血に力を込めた。
そんなことを何度繰り返したかわからない。シグレ院長から何度か怒号を放たれながら必死に作業し、少し暇があればアカリさんから器具の名前とか治療院ので使われている用語を教えてもらいながら、ずっとピリピリしながら過ごした。
アカリさんは
「大丈夫、うちの仕事は慣れるまでが地獄。でも一番上達が早いのも今の時期だよ」
と気を使ってくれたが、結局8人の重傷患者と10人を超える軽度の病気の患者さんの対応で目がチカチカとするほど疲れ切った。
夕方になり、泊まりの当直をする別の治療師さんが来たところで、僕は仕事終了を言われ、今日の給料を支払われた。
「一週間分前払いという契約でしたか?」
とアカリさんに尋ねると、アカリさんは周囲に誰もいないから確認して、シー、と指を口に立てる」
「治療師って儲かるんだよ」
僕は確かに今日、数回回復魔法を使った。まさか、その分とは思ってもいなかった。
どぶさらいをしていたのがちょっと馬鹿らしくなるくらい金額だ。
「回復魔法が使える人は数少ないからね。だから、治療師は金の亡者になる人が後を経たないんだよねー」
「これでもシグレ先生は良心的な値段設定だし、必要のない治療はできるだけ削ってるの」
後から来た治療師のスチュワートと名乗る魔法使いのような三角帽子を被った小学生低学年くらいの小柄な子供が
「ホント、儲からないから困っちゃうよねー。まあ、シグレのそういうところがわたしゃー好きなんだけどね」
と呟いて、当直と書いてある前掛けをつけた。この夢の中はファンタジーな世界だから、スチュワートは見た目通りの年齢ではないのかもしれない。そもそも名前は男の子っぽいのに女子のスタッフルーム内で着替えているから女の子なのかもしれない。
「シグレ院長、今日厳しかったけれど、あれ、多分あなたに見込みあると思ったみたいだから気にしないでね。私から見てもこの子ちょっとダメかもー、て子ならそもそもそこにいないようにシグレ院長は扱うから」
「パワハラだよねー、いつの時代の人なんだろー」
「スチュワートの生まれた時代は石器時代じゃん?」
「そうそう、石斧持ってマンモス追いかけてね……、ってそこまで年行ってないわい!」
「いやー、やっぱりスチュワートはノリツッコミしてくれるじゃん」
二人の言い合いが、ようやく僕の心をゆるませた。
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クエスト終了
一日中に5人以上に回復魔法を使った
exp +30 MP +6 魔力+2 知力+1
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名前:マコト アズマヤ
レベル4
性別:女
EXP:41 / 150
HP:30/ 52
MP:6/ 49
身長:150 cm
体重:67.2kg
筋力:14
魔力 : 16→17
敏捷:11
知力 : 12→13
耐久:11
魅力:12
スキル : 格闘Lv1、生活魔法[クリーン、水生成]、精神耐性lv1、睡眠耐性Lv1、検索Lv2、話術Lv1、回復魔法 Lv3、人体構造理解Lv1、猫に好かれやすい、疲労回復(速)
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