12話 現実 それでも僕は変わりたい
昨日から始めたランニングを、やらなきゃと気合いを入れて靴紐を強く縛る。
あの夢は、僕が今の自分自身を変えたいんだ、という気持ちが見せているのだ。そうじゃなかったらあんな都合のいい世界の話なんてあるわけない。
早朝の涼しい空気をお腹いっぱいに吸い込み、深呼吸して、走り始める。
頑張りすぎると続けられない、と聞いたから限界よりもだいぶ手前、三キロでやめよう。僕は一歩前へ踏み込んだ。
通りを走るうち、視界の端に白い影がちらりと入った。ちょっとした違和感に、目を動かした。
「……ん?」
ただの白い子猫だ。
瞬間、胸がざわつく。あの夢の中で見た、あの、鼻の周りだけ茶色の白い子猫、ケットシーの使いみたいな子猫に似ていたのだ。もちろん、目の前の猫は普通の街猫だろう。でも、あの金色の瞳や、滑らかな絹のような毛並みを思い出すと、不思議と息が止まりそうになる。
軽く足を止め、影を追うように視線を送る。猫は僕を気にも留めず、路地の向こうにすっと消えた。
路地の向こうに入り、家と家の間を抜けて、そして電柱を伝って屋根に登り……
「えっ」
なんで見えないものが一瞬見えたような感覚になった?
それに気づくと、その感覚は急に消えた。
きっと、僕はまだ寝ぼけているのだろう。これがまともな時に感じていたら中二病患者だ。
けれど、心の奥のどこかが違和感を訴えていた。
足を再び前に出す。空気はひんやりと冷たく、肌を撫でる風が気持ちいい。けれど、さっきの猫のことが頭から離れない。夢と現実が、ほんの一瞬だけ重なったような、そんな気がした。
家に戻ってくると、寝ぼけ眼の妹が、目を見開く。
「え、走ってきたの!? っていうか兄ちゃん、最近なんか痩せてない? 大丈夫? ご飯ちゃんと食べてる?」
妹が驚くほど痩せた記憶はない。
学校の持久走の授業の他には、始めたばかりのランニングが2回目。こんなので痩せるわけがない。
夢の中の一日中やった、どぶさらい、猫との追いかけっこ、石材運びとか含めたらもしかしたら……少しは痩せたんじゃないかなと思う。
まあ、そんなのありえないけど。
「走ってきたけど、驚くほど痩せるわけないだろ。大袈裟だな」
でも、痩せたかもと言われると、少しだけ心が嬉しくなる。
妹はきっと、僕をおだてているのだろう。
明日も、走ろうか。そんな気持ちが自然に湧いた。
昔に買った、赤血球や白血球が活躍する漫画を読んだ。ついでに、親がどういうつもりで買ったのか分からない、医者監修の幼児向け解剖学の絵本も見つけて読んでみた。
あの夢は、僕の今のままじゃ駄目だと思っている焦りが、ようやく形を取っただけのもので、きっと、この焦りも夢の世界も朝露みたいに、気づかないうちに消えてしまうのだろう。
それでも……少しくらい変わりたいと思う気持ちだけは、本物だ。
少しは人体に詳しくなれば、夢の中でもしかしたら現実世界でも役に立つかもしれない。でも、こんなの読んで効果あるのだろうか。疑問に思うが、これでわからないことや知りたいことがあったらインターネットで調べればいい、そうしよう。
ページをめくるたび、ふと夢の中で聞いたあの声が思い出される。
『ドウ治スノ』
あれは、本当に……僕の中の声、心の声だったのだろうか。
そう思うと、胸の奥が少しだけざわついた。
医学漫画や絵本、インターネットを見つめて、日曜日の時は流れて行った。
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