11話 夢の中 回復魔法でぼろ儲けができるはず
「回復魔法Lv1か」
布団から起き上がった僕は、半ば寝ぼけながらステータス画面を眺めた。
そこに並ぶ、使えるようになった力の文字列が、妙に胸をくすぐり、わくわくが止まらない。
回復魔法に、格闘スキル。しかも筋力とかの数値も上がってる。
別に特別な修行をしたわけでも、血の滲む努力をしたわけでもない。ましてや回復魔法なんて猫と宴会した後に貰ったスキルだ。
けれど、こうして力をもらったという状況そのものが、なんだか僕を一瞬だけ物語の主人公みたいに錯覚させた。
……僕、ちょっと凄いんじゃない?
深夜にネットゲームでレアアイテムを引いた時のような、妙な高揚感で胸があふれた。
……でも、所詮、夢なんだよな。
そう思った瞬間、胸の中に湧いた感情はあっけなくしぼんだ。
ステータスの数字だって眺めていれば楽しいけれど、現実には持ち帰れない。
まあ、せめて夢の中くらい強いやつでいたいな……
そんな軽口を心の中でつぶやきながら、僕はギルドへ向かった。
ギルドのカウンターへ向かうと、いつもの受付のお姉さんが書類を整理していた。
僕は、ためらいがちに声をかける。
「昨日の……白い子猫の依頼なんですけど、白い子猫はギルドにお渡ししましたよね? その後、飼い主に返ったのですか?」
受付のお姉さんは書類の手を止め、ぽかんとした表情を浮かべた。
「……白い子猫? そんな依頼、ギルドでは受けていませんよ?」
周囲の温度が下がったような気がした。
いや、あなたもその白い子猫を『可愛いね』と言いながら撫でていたじゃない。僕だって、あれほど絹のような白い毛並みも、あの澄んだ金色の瞳もしっかりと覚えている。
僕の不安を察したのか、受付のお姉さんは少し考えるように視線を落とした後、柔らかく言った。
「もしかしたら……ケットシーかもしれませんね」
「ケットシー?」
「この街の言い伝えにある忘却と癒しを司る猫の精霊で守り神みたいなものです。気に入った相手の前にだけ姿を見せることがあるんですよ。
姿は黒色の大きな猫で金色の瞳、人間みたいに立って歩きます。
本当にいたのだとしたら……あなたのことが、気に入ってるのかもね」
僕なんかが好かれる理由なんてない
そう思うのに、その言葉に、自分が特別な何かのような気分になる。
「でも、気をつけてね。ケットシーが寄ってくるのは、自分がいなくなってもいい、と思っている人なのよ」
えっ、と僕は息を呑んで固まった。
「この街の有名な怪談にあるの。ケットシーに好かれた人が悪さをして街の人に自分のことを忘れてもらうように頼んだの。最後には自分も忘れちゃって猫になっちゃう、てね」
あの広場の妙に人間臭い猫たち、あれって、もしかして……。
喉が急に乾いてきて、唾を飲み込む。
「まあ、子供を脅すための御伽話ですけどね。逆に、ケットシーに愛された人は回復魔法に優れてる、とも言われてますよ」
優しく微笑み、僕の肩を軽く叩いた。
「まあ、あなたが悪いことを願わない限り、ケットシーは味方よ」
……願わない限り、か。
僕はそう、小さくつぶやく。
受付のお姉さんは、小さく咳払いした。
「それで、今日はどんな仕事をするのかしら」
笑顔は変わらないが、受付のお姉さんはお仕事モードになる。そうだ、雑談するためにここに来たんじゃない。でも、お姉さんが綺麗だし、僕を心配してくれて、つい不必要な世間話まで引き延ばしてしまった。
僕は仕事を探すため、クエストボードに残った紙を見つめて、取り外す。
「じゃあ……今日は石材運びの依頼を受けてみようかな」
「えっ、石材運び!?
本当に? 危ないほどじゃないけど……あなた、体力、大丈夫なの?」
心配されるとは思わなかった。確かにこの女の子の体も腕も細い。
でも、こうして誰かに心配してもらえるのは、少しうれしかった。
「やってみます」
ーーー
石材は想像以上の重さで、腕がしびれるほどだった。
額から汗が何度も落ちては、石材や道に雫が染み込む。他の労働者から、少し笑われながら、でも少し心配そうに、
「大丈夫か、嬢ちゃん?」
と声をかけられる。
心配されるなんて、家族や受付のお姉さん以外の他人で、いつ以来だろう。
僕は、そもそも僕は男の子なんですけど、という気持ちと、いや夢の世界は女の子だしなあ、という気持ちが複雑に絡み合って、どう返せばいいか分からずにただ頷いた。
でも、すぐに力尽きて、荷物を下ろして一息つく。不思議なことに数分もしないうちにまた持ち上げれるような気がする。
確かに重たい荷物は、最初と同じように持つことができた。
ちょっとの休憩が一瞬で疲労を消化するようだ。
……やっぱり、疲労回復スキルのせいかな?
昨日の夢の中で、疲労回復というスキルを覚えた。きっと、これのおかげだろう。
小休憩で全回復できるのは反則だ。
おかげで仕事はなんとか回し続けられた。
しばらく仕事を続けていると重たく硬いものが崩れるような音が聞こえ、鋭い悲鳴が響いた。
近寄ると、血だらけの作業員が瓦礫の中から運び出されていた。
「酷い怪我だ、治療院に運ぶぞ」
「いや、治療師様を連れてきた方がいい、動かす度に血が溢れてくる」
駆け寄ると、作業員の男が蒼白になり、身体中から血が溢れていた。
これは……軽傷じゃない。
このままでは命を落としかねない。
「回復魔法のスキル持ってます。治療師様を連れてくる間、治療します」
僕の声で、周りの作業員さんたちが振り向く。その中でも厳つい顔つきの現場監督が口を開けた。
「本当に……できるのか?」
真剣な眼差しの多数の瞳が僕を捉える。軽はずみで、回復魔法を使えるだなんて言わなければよかった。使い方すら知らないのに何言っているんだろうと、後悔だけが募った。
そう、僕は物語のヒーローなんかじゃなかったんだ。
「昨日……覚えたばかりで……」
舌打ちが響いた。しかしそれは僕ではなく『選択肢のなさ』への悔しさだった。
「……やってやってくれ。このままなら、いずれにしろこいつは死ぬ」
「わ、わかりま……した」
本当は逃げたかった。失敗すれば非難されるに違いない。でも、逃げたら、後悔が僕の後をつけ回すだろう。
手をかざした瞬間、胸の奥に何かが問いかけてくる気がした。
ーードウ治スノ?
ーードコヲ繋グノ?
どこか遠い場所から、冷たい囁きのような声がした。
けれど僕は、その意味を深く理解できなかった。
僕の額から脂汗が止まらない。治療すると言ってしまった以上、今更やっぱり治せません、なんて言えない。
必死に彼の命が取り留めることを祈りながら、彼の体に当てた僕の両手から光があふれると、血が止まり始め、僕は意識を失った。
ーーー
目を開けると、冒険者ギルドの医務室の天井が見えた。
「無事に意識が戻ったみたいね」
受付嬢が心底ホッとしたように笑った。
ガバリと起き上がる。
「あの人は? あの、僕が治療した」
「あの人ならなんとか命は取り留めたって。あなたの回復魔法のおかげでね。もう少しで危なかったみたい。後から来た治療師さんが、すぐに回復魔法で血を止めてくれなかったら危なかったって」
ぶっつけ本番で、ただ運に任せてしまった。
胸の奥に残ったのは達成感ではなく……反省だった。
助かったからよかったけど……
偶然で命を救ったなんて、胸を張れる話じゃない。
昨日からずっと、僕はもらったスキルを喜んでばかりいた。
でもそれじゃ駄目だ。
本当に人の命がかかるのだから。
……現実に戻って医学の本を読めば、もっとちゃんと……効率良く治せるようになるのかな。
「今日はとりあえずゆっくりここで休みなさい、それと……」
受付のお姉さんは鞄からお金を取り出した。
今日のお仕事の給料は12000ゴールドのはずだ。
手元にあったのは30000ゴールドは超えていた。
「石材運びは途中でできなくなったから半額、あとは現場監督と治療を受けた人からの感謝料、ありがとうって言ってたわ」
「…………なんで……」
「えっ、ちょっと、泣かないの!? どうしたの!?」
僕は言葉をつまらせ、視線を落とした。
夢だろうと、この世界で生きている人たちには、確かな生活がある。
『多分、僕なら治せるかもしれません』だなんて、命を適当に扱うことをするべきではなかったんだ。
僕みたいに『忘れられても仕方ない存在』なんてこの世界にいないんだ。
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特別クエスト終了 回復魔法で人命を取り留める
報酬 MP +11 魔力+2 知力+2 回復魔法 Lv3
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クエスト終了 石材運び 失敗
報酬 HP +1 耐久+1
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名前:マコト アズマヤ
レベル4
性別:女
EXP:11 / 150
HP:15/ 52
MP:1 / 42
身長:150 cm
体重:67.3kg
筋力:14
魔力 : 14→16
敏捷:11
知力 : 9→11
耐久:10→11
魅力:12
スキル : 格闘Lv1、生活魔法[クリーン、水生成]、精神耐性lv1、睡眠耐性Lv1、検索Lv2、話術Lv1、回復魔法 Lv3、猫に好かれやすい、疲労回復(速)
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