4.一緒に帰ろう
学校の委員会が長引いてすっかり遅くなってしまった。
明るかった空はもう暗くなり始め、街灯が道を照らしている。
「ギリギリじゃんか……」
今日は母さんが仕事で遅くなるからと俺が保育園まで京香を迎えに行く日なのだが……。
時刻は17時30分。お迎えのタイムリミットは18時。
まさかこんなに委員会が長引くとは思わなかった。去年もその前もこんな時間まで伸びることなんてなかったのに。しかもよりによって今日。
「……あと30分」
靴紐をキツく結び、スクールバッグを肩に掛け直し気合を入れる。
園までの道を休むことなくダッシュで進み、着いたのは18時になる10分前。
「遅くなってすみません! 朝日奈京香のお迎えに来ました」
「あら悠叶くん。今京香くん呼ぶわね」
教室の奥の方で遊んでいた京香が俺を見るなりおもちゃを投げ捨てて突進してくる。
幼児とはいえこんなに勢いつけられると危ないが、可愛くて怒れない。
衝撃を受けながらも抱き止めて、頭を撫でてやる。
「きょうのおむかえ、兄ちゃん!? ぶかつは?」
「今日はお休み。遅くなってごめんな〜」
ブンブンと振り回してる尻尾が見える。
可愛いな、コノヤロウ。
「さくちゃんといっしょだったからだいじょうぶ!」
桜ちゃん?
さっきまで京香のいた所を見れば教室の隅っこで一人静かに絵本を読む桜ちゃんの姿。
教室の時計はもう数分で18時を廻りそうで。それなのに彼女の両親が迎えに来そうな雰囲気は全くない。
「…あの、桜ちゃんのお迎えは?」
「ご両親が共働でね…。ここに入園してまだ2週間程だけど時間通りに来てくれたのは2回くらいかしら」
「そう、ですか……」
流石にお節介がすぎるか?
いや、でもまともに迎えに来たのが2回って言うのは……。それに1人で待つのも寂しいだろうし。
どうするべきか悩みながらも母さんにメッセージを打つ。すぐさまついた既読に続いてGOと険しい顔をしたひよこのスタンプが送られてきた。
「あの、桜ちゃんの家隣なので俺が一緒に連れて帰ります」
「……悠叶くんなら安心だし、私たちも助かるけれど…。…大丈夫?」
「母から桜ちゃんの両親に連絡入れてくれるみたいですし、母もあと1時間くらいで退勤できるそうなので大丈夫です」
携帯に映し出されたトーク画面を見せれば先生も納得したのか了承してくれた。
京香に少し待つように言いつけて、静かに絵本を読み続ける彼女の元へ足を進めた。
「桜ちゃん」
「あれ、はるかくん?」
キョトンとした顔で見上げる彼女の目線に合わせるために膝をつく。
「今日、桜ちゃんのママとパパお仕事で遅くなるみたいなんだ。だから俺と京香と一緒にお家帰ろう?」
「でも、ママもパパもここで待ってなさいって……」
「俺の母さんが桜ちゃんのママに連絡してくれたから大丈夫だよ。だから、ね?」
こくりと頷く彼女を抱き上げて、京香の待つ教室の入り口へ行けば。
「あーっ! さくちゃんずるい!! 兄ちゃん、ボクも!! なーあー!!」
足にしがみつき駄々をこね始める弟。
2人同時に抱っこっできるかなぁ。京香に俺の鞄持たせれば抱えられるか?
そんなに中身入ってないから重くはないと思うし……。
「はるかくん、私のことおろし__」
「よし! 京香俺の鞄持てるか?」
「もてる!!」
ギュッと抱きしめるように俺のスクールバッグを抱え込む不恰好な姿が可愛くて少し笑ってしまった。
「じゃぁ帰ろう。2人とも先生にご挨拶して」
右腕で桜ちゃん、左腕で京香を抱き上げて先生への挨拶を促す。
「「さよーなら!!」」
「はい、さようなら〜」
まだ4月。冬に比べて日は長くなったと言っても夏に比べればまだ全然短い。
18時を過ぎてしまえば街灯のない道は心許なく感じる。
薄暗い道で幼児2人抱えて歩いてるって本格的に不審者なのでは? いやでも制服着てるし大丈夫か?
疑われたら学生証見せよう。
「兄ちゃん、今日のごはんなに!」
「ん? あー、何だろーなぁ。なに食べたい?」
「ハンバーグ!!」
「ハンバーグかぁ」
玉ねぎあったかな。
家帰って材料確認して足りないものがあったら母さんにすぐ連絡だな。
「桜ちゃんは? なに食べたい?」
腕の中で恥ずかしそうにしながら大人しく抱えられている彼女にもリクエストを聞いてみる。
不思議そうな顔をした彼女はこてんと首を傾げた。
「…わたし?」
「兄ちゃんすげぇんだよ! なんでもつくってくれるんだ!!」
なんでもはちょっと無理なんだよなぁ。
器具とか材料とか時間の問題で作れないものもあるし、そもそも俺の技術が足りてない場合もあるし。フランス料理とか本格中華とか言われたらもうお手上げだ。
あと多分桜ちゃん、良いとこの子だと思うから変にハードル上げないでくれるか、弟よ。
俺らより良いもん食ってると思うから……。