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13.戸惑い

 あの春季大会以降調子を上げた我が校の弓道部は、夏の全国大会の出場も決め優勝こそできなかったものの俺たちの最後の大会は団体戦3位、男子個人準優勝という好成績で幕を下ろした。


 そして、その大会も終われば俺たち三年はもう引退。

 引退してしまえば校内は受験一色で、それはもう勉強漬けの日々だった。


 季節は巡って、うるさく感じるほど鳴いていた蝉はいつの間にかいなくなり、空を紅く染めていた葉は地面に落ちて肌を刺すような冷たい風が吹き抜ける。

 世間はイルミネーションやツリーが飾られクリスマスムード一色だ。


 問題を解き終えたタイミングでポキリとシャーペンの芯が折れる。それと同時に集中力も途切れてしまった。

 一階のリビングからは桜ちゃんと京香と母さんの賑やかな声が微かに聞こえてくる。


 日が経つにつれて、彼女はこの家で過ごすことが圧倒的に多くなった。

 最初の方こそ「ご迷惑じゃ……」と言っていた向こうの両親も、こちらが何も言わないのを良いことに彼女をうちに預けてそれぞれ好きなことをしているみたいだ。


 そういえば、最近まともに京香や桜ちゃんと顔を合わせられていない。会ったとしてもご飯を食べる時と、時々二人を迎えに行く時くらいだ。

 桜ちゃんがこの家で過ごす時間が増えるのに反比例するように、彼女と過ごす時間が減っている。


 俺の志望校は都内屈指の進学校で、秀弥と同じ高校だ。なんでもそつなくこなしてしまう元々の器用さに加え、幼い時からの英才教育を受けてきたあいつは早々に合格圏内に入り、今では勉強時間と休息をバランス良く取っている。

 それに比べ俺はこの有様だ。休息は数時間に一回取るくらいで自宅でのほとんどの時間を受験勉強に充てている。

 秀弥は「お前が何をそんなに心配してるのかわからない」と呆れ顔で言っていたが、俺にはお前のその余裕っぷりが全く理解できない。

 確かに模試ではA判定が続いているし、担任も問題ないとは言ってくれている。けれど、それらを鵜呑みにして手を抜いた結果落ちてしまうなんてことも珍しくないだろう。

 あとは、あれだ。受験生に良くある過剰なまでに不安やプレッシャーを感じてしまうやつだ。


「なんか、疲れたな……」


 休憩を取り始めてから三十分はすでに経過していて、なかなかやる気が戻ってこない。

 心なしか体もだるい気がして、知らないうちに疲れが溜まっていたのだと自覚した。重たい体を預けるようにデスクチェアの背もたれに寄りかかれば、ギィっと小さな悲鳴を上げる。


 このまま仮眠を取ろうか。いや、仮眠するなら少しでも桜ちゃんや京香と話して癒されたい。

 けれど、幼い彼女たちはもうそろそろ眠る時間だろう。


 少し会って「おやすみ」と頭を撫でるくらいなら許されるかな。

 どうしようか頭で考えていれば控えめなノックが部屋に響く。

 返事をしながら扉を開けると、そこには。


「悠ちゃん」


 ポヤポヤと、大きな瞳を微睡ませた桜ちゃんの姿。寝る前に「おやすみ」と言いにきたのだろうか。でもそれなら京香も一緒にくるはずだ。

 彼女の目線に合わせるようにその場にしゃがみ込む。


「どうしたの?」


「あのね……」


「ん?」


 何度も言葉を言いかけて飲み込む。


 ねぇ、何が君をそうさせているの? 年齢に似合わず物分かりが良く、空気ばかり読んでいつも何かを我慢ばかりして。

 いつも見せるあどけなさをなくした綺麗な笑顔の下で何を思ってるの。


 俺には涼白の家の事情はわからない。彼女の両親が昼夜家を空けている理由も親子仲も全て俺の想像で本当の理由は何一つ。

 最近ふと考えることがある。

 桜ちゃんの家庭事情は俺が想像しているよりも複雑ではなくて、俺が勝手な妄想をして干渉しすぎたせいで仲を拗らせてしまったのではないか。

 今、彼女がこうして一人になってしまったのは、俺の……。


「……大丈夫だから。ちゃんと聞かせて?」


 そんな俺の後悔よりも、今は目の前で何かを言い淀んでいるこの子の言葉を聞き出すことの方が先決で。

 極めて優しい声を意識して、言葉の続きを促した。

 すると、遠慮がちに口が開かれ小さな声が発せられた。


「さ……さいきん、悠ちゃんいそがしそうで……。でも、お勉強がんばってるって私知ってるから、じゃまはしたくなくて」


「うん」


「でも、その……さ、さみし、くて……。悠ちゃんといっしょにいたいっておばさんに相談したら、悠ちゃんのお部屋でねてもいいか聞いてみたらって教えてくれたの」


「……」


「だから、今日だけでいいから……じゃまはしないって約束するから、いっしょにいたい」


 小さな手が微かに震えている。

 それほどまでに誰かに本音を言うことは彼女にとって恐怖することで。きっと今も俺には想像にし難いほどの勇気を振り絞って言葉にしてくれたのだろう。

 そんな彼女の提案をすぐにでも了承してあげたいが……。


 よそ様の子とこんな野郎が一緒に寝るのは少々問題があるのではないだろうか。

 いや、下心とかは全くないけれど。

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