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11.変化

 ほど良い緊張感で張り詰めた空気。カンと不規則に鳴る高く短い弦音が心地いい。

 目の前に見える秀弥の会は今日も安定していて、その丁寧すぎる射はいつもの性格からは想像できないななんて。

 的中する度に耳に届く仲間の掛け声は俺の背中を強く押す。


 あと何度、この声に背中を押してもらえるのだろうか。あとどれほど、この仲間と過ごせるのだろうか。

 一分一秒でも長く続けばいい。そのためには勝ち続けなくては。


 そんな気持ちとは裏腹に、心は決勝戦だとは思えないほど穏やかで、自分の調子がいいことが自分でわかる。

 これが、最後の一射。対戦校の的中数は分からない。

 シンと静まり返る会場に俺の弦音が響き、数秒後力強い掛け声と共に拍手が鳴った。



「荷物まとめた人からバス乗って。忘れ物ないように」


 部員に指示を出し、自身も荷物の整理と表彰式で受け取ったトロフィーや賞状をケースへしまっていく。

 ったく、荷物も放置して秀弥はどこに行ったんだよ……。

 大会中のあの緊張感はどこへやら、会場内は雑談の声や勝負を讃え合う声などで今は和やかな雰囲気が流れている。


「お疲れ」


「うわっ! 何!?」


 突然視界が何かに遮られて声を上げる。何かというのはスポーツタオルで、頭にタオルをかけるなんてことをやってくるのはただ一人。

 こいつは毎度毎度……! もっと普通に声かけらんないのか。


「しゅーやー! お前今まで何処に…つか、いつも言ってるけど__」


「はい、ストーップ」


 今日こそはと注意しようとした俺の言葉を遮るように秀弥の声と小さな手に口を塞がれる。

 小さな手……?


「当校を見事優勝に導いた我らが部長に可愛い天使たちのお届け物です」


「兄ちゃん!」


「京香!? お前なんでここに」


 秀弥に抱えられキャッキャとはしゃいでいる弟。

 さっき俺の口を塞いだ小さな手は京香だったらしい。


「戻る途中でたまたま会ってなぁ、お前に会いたいっていうから連れてきた。ほら京香、今だ! やれ!」


 その声を合図にグラリと京香の体が傾いて短い腕が伸びてくる。

 落ちる、と差し出した手には何も乗らず、俺の頭はなぜかわしゃわしゃと撫でられている。

 はぁ!? あっぶな! つか何!?


「兄ちゃん、よくがんばりました!」


 ……思考が追いつかない。けど、可愛いからもうなんでもいいや。

 あー、最強に癒される。


「最高……ん……?」


 頭を下に向けたままされるがままの俺の視界に入ったのは。


「さ、くら、ちゃん……?」


 秀弥の後ろからひょこっと顔を覗かせた彼女と視線が絡む。

 とてとて近づいてくると俺の左足に抱きついた。


「がんばりました」


 ・・・天国……?


「……俺、死んだの…?」


「ぶははっ、生きてる生きてる! 頭は死んでるかもだけど」


 秀弥が俺のポンコツさに爆笑しながら抱えていた京香を桜ちゃんの隣に降ろせば天使が二人並ぶ。


「……悠叶、お前…前より拍車かかってないか?」


 ドン引きとでも言うように苦笑いを浮かべられる。

 兄貴しかいないお前にはこの可愛さは分からないだろうな! いや、下の兄弟がいなくてもこの二人の可愛さはわかるだろ!?


「朝日奈先輩のご兄弟ですかぁ? 二人とも可愛いですねぇ」


「佐藤さんはこの可愛さ分かってくれる!?」


「は、はい! でも、私は朝日__」


「ほら、聞いた? 佐藤さんも二人が可愛いって」


 顔が見えるように二人をギュッと抱き寄せる。

 ジト目をする秀弥に同意を求めて見つめていれば呆れたようなため息をつかれた。


「別に可愛くないとは言ってないだろ……。お前のそれが異常だって言ってるだけで」


「それは認める」


 俺自身も時折ヤバいなと感じることがある。普段は自重しているが、疲れていたり油断したりしてしまうとタガが外れてしまうのだ。

 気がつけば佐藤さんも離れていて、他の部員たちと一緒に荷物をバスへと運んでいた。


「そんで……。この子が桜チャン?」


 その場にしゃがみ桜ちゃんの目線に合わせると観察するようにじっと見つめた。

 秀弥は時々別人のように雰囲気が変わることがある。いつもはおちゃらけてバカっぽく見えるが、初対面の人間や家の人間と関わるときは有無を言わせぬような空気を纏う。


 恐らくこいつの家庭環境が主な原因なんだけど。

 秀弥は所謂金持ちの出だ。代々医者の家系の三男として生まれ医者になるように育てられてきた。

 まぁ、こいつは医者になる気は全くないらしいが。

 昔、俺が「将来は医者になるのか」と聞いたとき心底嫌そうな顔をされたのをよく覚えている。

 親の言いなりになることは気に食わないことに加え、優秀な兄がいるから俺が医者になる必要はないとのこと。普段の軽い態度も細やかな反抗なのだろう。


 そんな彼に真っ直ぐとしたその視線を向けられた人間は自然と緊張が走り背筋が伸びる。いつもの様子を知っている人間が見たらなおさら。何年も時間を共にし、コレを見慣れている俺ですらもこの雰囲気だけは緊張してしまう。

 桜ちゃんもやっぱり居心地が悪いようで俺の後ろへ隠れてしまった。

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