全ては…
P「この問題わかる人!」
教室に緊張が漂う中、Pが黒板に大きな三角形を描き、皆の視線がその図形に注がれる。数秒の沈黙を破るように、一人の少年が手を挙げた。
ブラント「はい!その斜辺は5です!」
はきはきと答えるブラント。その声は自信に満ちており、教室内の他の生徒たちから自然と拍手が湧き起こった。
P「さすがブラントです」
Pが微笑みながらうなずいた。今日の授業は彼の一言で締めくくられた。
P「今日の教えはここまでです」
――教室の外――
廊下に出ると、オートがブラントに声をかける。
オート「なあ、なんで斜辺が5ってわかったんだ?」
ブラントは少し考えるそぶりを見せてから答えた。
ブラント「あぁ、P様が考えられた定理に関する本を見てね」
オート「俺も見てみようかな」
ブラント「よければ貸すよ」
オート「それはありがたい」
翌日――教室にて
P「万物は数です、つまり数で表せないものはありません」
Pが堂々とした口調で語り、黒板いっぱいに数式を書き込む。生徒たちはその熱弁に圧倒されつつ、ペンを走らせる音だけが響いていた。
――休憩時間――
オート「なぁ、昨日借りた本だけどよ、わからないことがあるんだ」
ブラント「なんだい?」
オート「斜辺が2cmの表し方がわからないんだ」
オートは困った顔をしながら、借りた本を広げる。ブラントはそれを覗き込みながら、しばらく考え込んだ。
ブラント「あぁ、それなら…?」
その言葉は途中で途切れた。
オート「どうした、思考停止して」
ブラントは眉をひそめながら、小さく息をついた。
ブラント「…すまない、わからない」
その答えを聞いたオートは、わずかに目を見開いて驚いた表情を浮かべた。
オート「ブラントでもわからないのか。この問題はいわゆる解なしか」
ブラント「…あぁ、そうだね」
ブラント
「やはり解が見つからない…何度試しても、どの方法を用いても、答えは出てこない。やはり、この問題には解が存在しないのか…?」
彼は自室の机に向かいながら、紙にいくつもの数式を書き殴っていた。その手は止まらず、しかし次第にその筆圧は弱まり、紙の隅に小さく「解なし」と書き込むと深く息をついた。
翌日、P団の大ホールにて
P団の指導者Pは壇上で、自信満々に問題の解決を宣言する。ホールは拍手と歓声で満たされる。
P
「これにより、この問題の証明は完了した! これがP団の理論が不変である証だ!」
オート
「いやー、P様の発表、すごかったな! やっぱりさすがだよな!」
ブラント
「…そうだね。」
オート
「おい、どうした? 元気ないぞ。」
ブラント
「…昨日の問題について考えていたんだ。」
オート
「あ、あの『解なし』って結論が出た問題か? それがどうかしたのか?」
ブラントは周囲を見回し、小声で囁く。
ブラント
「ここでは話せない。場所を変えよう。」
二人は街外れの静かな小丘にやってきた。風が心地よく吹き抜け、遠くには都市の塔が見える。
オート
「で、どうした? そんなに深刻そうな顔して。」
ブラント
「オート、考えてみてくれ。図形的に捉えられる問題で『解なし』というのは、何か違和感を覚えないか?」
オート
「うーん…言われてみれば、確かに変な気がするな。でも、それがどうしたんだ?」
ブラントは持ってきた紙とペンを取り出し、簡単な図形を描き始める。それは単純な線と円だったが、そこに記された数式が意味深に見える。
ブラント
「これを見てくれ。この問題を解くために必要な答えが、どうしても有理数で表せない。つまり、これは我々が普段扱う数では答えが見つからないことを意味する。」
オート
「有理数じゃ表せない…? それって成り立つのか?」
ブラント
「…確信はない。」
彼はオートとの会話を終えた後も、何度も自分の仮説と計算を見返していた。新たな数の可能性を見出したとはいえ、それを証明する術はまだ見つかっていない。焦燥感とわずかな希望が交互に胸を駆け巡る。
1週間後、P団の中央広場
中央に設置された処刑台には、1人の青年が縛られて立っている。観衆がざわめく中、P団の指導者Pが壇上に姿を現した。彼の手には大きな巻物が握られている。
P「今日、この場に集まった皆の者よ。我がP団の教えに従わぬ者がどのような運命をたどるのか、その目でしかと見るがよい。」
広場は一瞬静まり返り、次いでざわざわと小声での会話が飛び交う。
観衆の一人「いったい、どんな罪を犯したんだ?」
観衆の別の一人「何でも、P団の教えに反する証明をしたとか…。」
P「この者は我が団体の教えに背き、誤った理論を広めようとした!それだけではない、我が教えに批判的な考えを持つ信者たちを煽動した罪もある!彼の存在は我がP団の秩序に反する!」
観衆は息を飲む。誰もが目の前の光景に動揺しつつも、恐怖に口を閉ざすしかなかった。
P「これからもP団の教えに反する者は、同じ運命をたどると心得よ!」
処刑台の上で青年が叫ぼうとするが、口をふさがれて声は届かない。その瞬間、処刑が執行された。広場には沈黙が広がり、ただ風の音だけが響く。
その夜、ブラントとオートの会話
オートは怯えた様子でブラントに近づいた。部屋には二人きり。窓の外では月がぼんやりと輝いている。
オート「なあ、聞いたか…? 今日処刑された信者のこと。」
ブラント「あぁ。P団の教えに反する証明をしてしまった信者が処刑されたことだろう。」
ブラントの言葉には冷静さがあったが、その裏には深い怒りと不安が滲んでいた。
オート「なあ、ブラント…俺たちがやっているこの証明も、もしP団にバレたら…俺たちも同じように処刑されるんじゃないか?」
一瞬、部屋に静寂が訪れる。ブラントはふと視線を外し、窓の外を見つめながら言葉を選ぶ。
ブラント
「大丈夫だ、君は処刑されないさ。」
オート
「そ、そうだよな…。でも、なぜそんなことが言えるんだ?」
ブラント
「君は、私と違って慎重だからな。私は…もしこの先何か起こるとしたら、それはきっと私のほうだろう。」
オート
「おい、そんなこと言うなよ! お前がいなかったら、俺なんて何もできないんだぞ!」
コンコン
ドアを軽くノックする音が響く。
オート
「入るぞ。」
ドアをゆっくりと開けたオートが顔を出す。部屋の中ではブラントが机に向かって資料を広げ、ペンを握りしめたまま何か考え込んでいた。
ブラント
「あぁ。」
オート
「入ってよかったか?」
ブラントは少し疲れた顔をしながらも、椅子にもたれかかり手を止める。
ブラント
「ちょうど一息つくところだった。…どうした?」
オートは安心したように部屋の中へ足を踏み入れ、周囲を見回しながら話し始める。
オート
「いや、研究の調査はどうだ?進展はあったのか?」
ブラントは一瞬だけ窓の外を見つめ、それから手元の資料に視線を戻した。そこには複雑な図形と数式がびっしりと書き込まれている。
ブラント
「まだ結論には至っていないが…少しずつ見えてきた。新しい仮説を立てたんだが、それを証明するには時間がかかりそうだ。」
オート
「お前がそう言うなら、きっと何かあるんだろうな。具体的には?」
ブラント
「この仮説が正しいとすれば、P団の教えには重大な欠陥がある。今までの数式や図形が覆る可能性があるんだ。」
オートは眉をひそめながら、ブラントの言葉に耳を傾ける。
オート
「…おいおい、それってかなりヤバい話じゃないか?それが本当だとしたら、P団は黙ってないぞ。」
ブラント
「わかっているさ。でも、真実を追求する以上、避けて通れない道だ。どんなに危険でもな。」
オート
「お前って本当にそういうところ、変わらないよな…。まあ、俺ができることがあれば手伝うけどさ。」
ブラント
「ありがとう、オート。君がいてくれると心強い。」